硫酸基の識別


硫酸基の識別

糖タンパク質やプロテオグリカンの糖鎖の機能も1980年代にはいくつかが解明されていった。決定的であったのはいずれも1989年に発表された2つのことである。

まず、白血球の移動において、最初のゆるやかな接着はセレクチンがリガンドとなる糖鎖を識別することによって起こる。

そして、増殖因子であるFGFはその受容体(膜貫通型チロシンキナーゼ)と共にヘパラン硫酸プロテオグリカンのヘパラン硫酸鎖を識別し、この二重の識別がシグナル受容に必要である。

名大での私達の仕事は、一方向ではこのメイン・ストーリーと深く関わることになった。名古屋は鈴木旺先生が築かれたプロテオグリカンの研究が盛んであるなど、糖鎖研究の一大中心地だからである。

1996年、内村健治さん(現・長寿研。室長)が大学院博士課程に入学した。内村さんは愛知教育大の羽渕修躬教授の研究室でコンドロイチン6硫酸の生合成に関与するコンドロイチン6-スルホトランスフェラーゼのcDNAクローニングに参加していた。

内村さんは羽渕先生との共同でこのスルホトランスフェラーゼ遺伝子をノックアウトすることになった。門松さんと村松さんの協力を得て、このプロジェクトは成功した。そして、ノックアウトマウスではナイーブT細胞の数が減少していた。

内村さんはコンドロイチン6-スルホトランスフエラーゼcDNAと良く似たcDNAが存在することに気づいた。内村さんは医学生の村松秀樹さんの助けを得て、このcDNAを単離した。私達はこれが新しいコンドロイチンスルホトランスフェラーゼであると考えていたが、発現実験をしてもどうしても酵素活性がつかまらなかった。

試行錯誤の末、この酵素はN-アセチルグルコサミン6-スルホトランスフェラーゼ(GlcNAc6ST)であることが分かった。神奈木玲児先生(愛知県がんセンター・部長)と羽渕先生には大変お世話になった。

神奈木先生から、酵素cDNAのトランスフェクションの結果、6-スルホ抗原の合成が起こったというFAXを受け取った時のうれしさは忘れられない。GlcNAc6STはL-セレクチンリガンドの生合成、そしてケラタン硫酸の生合成との関連で興味深い酵素であるが、それまでcDNAクローニングの報告はなかった。この酵素はGlcNAc6ST-1とよばれることになる。

リンパ球がリンパ節などへホーミングする時、リンパ球上のL-セレクチンがリンパ節などのhigh endothelial venule (HEV)の表面にあるL-セレクチンリガンドを識別し、最初の接着を司る。

神奈木先生らはL-セレクチンのリガンドをシアリル6-スルホLexと提唱されていた。范企文さんと門松さんが行ったin situハイブリダイゼイションの結果、GlcNAc6ST-1はHEVに発現することが分かり、私達はこの酵素はL-セレクチンリガンドの合成に関与する可能性が強いと考えた。

すぐに、神奈木先生らはGlcNAc6ST-1とフコシルトランスフェラーゼVIIをco-transfectし、L-セレクチンリガンドの再構成に成功した。こうしてL-セレクチンリガンドはシアリル6-スルホLexであることが確定した。

引き続いて、第二のGlcNAc6ST、すなわちGlcNAc6ST-2がRosenらそして福田らのグループによって報告された。GlcNAc6ST-2の分布は狭く、HEVにより特異的な発現を示した。したがってL-セレクチンリガンドの合成を司るのはGlcNAc6ST-1ではなく、GlcNAc6ST-2だと信じられるようになった。

HemmerichとRosen はGlcNAc6ST-2遺伝子をノックアウトした。たしかに、リンパ組織へのリンパ球ホーミングが減少した。しかし、ホーミングが消失することはなかった。私達は、GlcNAc6ST-1もやはり重要かもしれないと、粘ることにした。

内村さんと門松さんはGlcNAc6ST-1遺伝子のノックアウトに成功した。内村さんらは神奈木先生やRosen教授の助けを得てこのノックアウトマウスの表現型を解析した。結果は見事なもので、私達は、GlcNAc6ST-1もL-セレクチンリガンドの生合成に関与し、リンパ球ホーミングに重要であると結論できた。

つぎに、Rosen教授、福田穣教授、との共同研究で2つのGlcNAc6STを共に欠くダブルノックアウトマウスが作成された。このマウスはリンパ球ホーミング能が大きく低下し、ホーミングにおける硫酸基の役割について、重要な知見が得られた。

すなわち、硫酸基は血管壁に沿って転がっていくリンパ球の回転速度を減少させていたのである。2005年、この結果はNature Immunilogyの2つの論文となり、ホーミングと糖鎖についての総括となった。関係者一同大いに満足したことは言うまでもない。

シンデカンはヘパラン硫酸鎖を持つ膜貫通型プロテオグリカンのファミリーである。小嶋哲人先生(名大一内;現・名大医・教授)はシンデカン-4をcDNAクローニングによって発見していた。私達は小嶋先生と共同でシンデカン-4遺伝子のノックアウトマウスを作成した。石黒和博さん(一内;現・名大医・准教授)と門松、村松さんのチームで成功した。

ノックアウトマウスは目立った異常を示さなかった。しかし石黒さんらは粘り強く解析を続け、シンデカン-4が生体防御の様々な局面で働くことを見出していった。最も重要なのは、シンデカン-4が敗血症ショックの防止に役立つことである。

細菌のリポ多糖を投与して起こる敗血症モデルでは、炎症性サイトカインの発現が亢進し、マウスはショックを起こす。野性型マウスではショックを起こさない様な低濃度のリポ多糖投与によって、ノックアウトマウスではショックが起こり、マウスが死亡するのである。TGF-βはシンデカン-4上のヘパラン硫酸鎖に結合することによって活性が高まり、炎症性サイトカインの異常な合成促進を抑えると考えられる。また、シンデカンー4ノックアウトマウスの需要は多く、いくつかの国際共同研究も進んだ。

アンチトロンビンIII(ATIII)はヘパラン硫酸のヘパリン様ドメイン(グルクロン-3硫酸構造も持つ)に結合すると活性化され、血液凝固阻止作用を示す。一内の齋藤英彦教授のご依頼により、石黒さん、門松さんらはATIIIノックアウトを行った。ノックアウト胚は胎生期で死亡した。柳田正光さん(一内)らはヘテロ体でもストレスを与えると血栓ができることを見つけ、このマウスはヘテロ体の患者のモデルとして有効性であることが分かった。

次の節で、詳しく述べるミッドカインは、私達のグループが発見したヘパリン結合性の成長因子もしくはサイトカインである。

金田典雄さん(当時・助教授、現・名城大薬・教授)は生化学工業の吉田圭一さんと共同でヘパリンドメインのどの硫酸基がミッドカインとの強い結合に必要であるかを調べ、2-N, 2-O, 6-Oの3つの硫酸基がいずれも関与していることを明らかにした。つづいて金田さんは菅原一幸教授(現・北大教授)との共同で、コンドロイチン硫酸Eもミッドカインと強く結合することを発見した。

コンドロイチン硫酸EはN-アセチルガラクトサミンの4と6の2つの位置が硫酸化された過硫酸化型のものである。ヘパリンドメインにばかり目が行っていたので、最初は、私たちは意外な感じでこの結果を受け入れた。

ミッドカインが特殊なコンドロイチン硫酸と結合するという発見は、しかし、すぐにミッドカインのシグナル伝達において意味を持つことなった。前田信明博士、野田昌晴教授(基生研)との共同研究で、ミッドカイン受容体の一つはprotein tyrosine phosphatase ζ (PTPζ )であることを明らかにしたからである。

ミッドカインはPTPζのコンドロイチン硫酸部分に強く結合し、タンパク質部分とは弱く結合すると判明した。

また、Zou Kunさん(現スタンフォード大)と村松さんは木全弘治教授(愛知医大)との共同で、ミッドカインがPG-M/versicanと呼ばれるコンドロイチン硫酸プロテオグリカンとも強く結合することを見出した。PG-M/versicanは細胞表層で細胞膜の近くにあり、細胞の移動に関与している。

ヘパラン硫酸中のヘパリン様部位は2糖単位あたり3ヶの硫酸基を持つ。一方、コンドロイチン硫酸Eは2糖単位あたり2ヶの硫酸基を持つ。ヘパリン様部位とコンドロイチン硫酸Eがミッドカインに対して同様の親和性を持つとすれば、ミッドカインと硫酸化多糖の結合は、単に電荷によるのではなく、立体構造が重要なことになる。

しかし、コンドロイチン硫酸Eには、3位のグルクロン酸が硫酸化された部分がかなりある。この場合は2糖あたり3ヶの硫酸があることになる。グルクロン酸硫酸化がミッドカインとの強い結合に必要かどうかを識る必要があった。

Zou Pan さん、村松さん、市原啓子さんらは酵素的に合成して、グルクロン酸硫酸化の起こっていないコンドロイチン硫酸Eを用いて、これがやはりミッドカインと強く結合することを見出し、この問題を解決した。今日では、過硫酸化コンドロイチン硫酸がいくつかのサイトカインや増殖因子と強く結合することが分っている。ミッドカインとコンドロイチン硫酸Eの結合の研究は先駆けとなるものであった。

(2004年1月記、2009年8月、一部追加。 村松 喬)