ミッドカイン


ミッドカイン

1984年、門松健治さんが研究室に参加した。当時、九大小児外科の大学院生であった彼はテラトカルシノーマに興味を持ち、発生関連の研究を希望して、加わったのである。門松さんは小澤さんと共に、分子生物学技術の導入の先頭に立った。

まず、熊本大学の島田和典教授の研究室に出張してメッセンジャーRNAの単離法を習った。つぎはライブラリーの作成法である。こうしてシステムが出来上がってきた。その時、門松さんは「発生に重要な遺伝子を捕まえたいです」と持ちかけた。

村松さんがHM-1細胞を樹立して、その分化誘導の条件を決定した頃であった。そこで、HM-1細胞の分化を誘導した直後に発現が誘導される遺伝子をディフェレンシャル・ハイブリダイゼイション法で検索することにした。徳島大学の大学院から転籍したばかりの友村美根子さん(現・理研脳科学センター)にも参画してもらった。

試行錯誤の苦しい時期のあと、一つの遺伝子が見つかった。1986年のことである。構造が決まり、論文を書く時になり、門松さんと遺伝子の名前について相談した。門松さんはMKにしたいという。

「MinekoとKenjiです」「これは良い、Medical School Kagoshima でもある」と私。「MuramatsuとKadomatsuにもなります」いかにも門松さんらしい心配りであった。後になって、タンパク質の名前を考える時、私は略号がMKになるように苦心し、midkineをひねりだした。

門松さんは基生研のコースに参加して、遺伝子の発現法を習得してきた。そしてミッドカインを分泌する細胞株を作り上げた。友村さんと門松さんはミッドカインがヘパリン結合タンパク質であることを見出し、さらにミッドカインの構造を確定した。

ミッドカインは分子量13,000のシステインと塩基性アミノ酸が多いタンパク質で、一次構造はどのタンパク質とも似ていなかった。その不思議な構造は、私を魅了した。

門松さんはミッドカインの発現について詳しく調べた。ミッドカインは中期胚で強く発現し、成体での発現は弱いことが分かった。

彼はさらに、in situ hybridization法を独力で導入し、中期胚の神経組織、上皮間葉相互作用をしている上皮組織、そしてリモデリング中の間充織がミッドカインを強く発現していることを見出した。ミッドカインは何らかの重要なファクターである可能性が大きくなった。

私はミッドカインを糖鎖生物学と並ぶ研究室の主要テーマにすることにした。そして、藤井義明さんの研究室から助手として参加した松原修一郎さんにチームに加わってもらっていた。

松原さんはマウスのミッドカイン遺伝子の構造を決定した。筒井順一郎さん(現・熊本大医)と門松さんはヒトのミッドカインcDNAをクローニングした。そして、上原一芳さんと松原さんはヒトのミッドカイン遺伝子の構造を決定した。

1990年になると、海外でミッドカインのファミリーが見つかった。このタンパク質はプレイオトロフィンとよばれている。最初にプレイオトロフィンをクローニングしたHeikki Rauvala(ヘルシンキ大学教授)はコンピューターに向かって驚いたそうだ。

「似たタンパク質をMuramatsuのグループがクローニングしている」 私がエンブリオグリカンを見つけた時に、赤血球膜上にポリ-N-アセチルラクトサミンを見つけた一人がRauvalaであった。縁とは不思議なものである。

着々と進んできたミッドカインの研究であったが、精製したタンパク質を得て生物活性を示すことが急務となってきた。助手になっていた門松さんはNIHのSpornのところに留学することに決まったが、留守中に停滞する訳にはいかない。

村松さんに依頼して、リコンビナント・タンパク質を完全に精製してもらった。村松さんは、精製ミッドカインが細胞増殖能と神経突起伸長能を持つことを明らかにした。村松さんはさらにミッドカインに対する特異抗体を作成した。

精製ミッドカインと抗体を用いて多くの研究室と共同研究することにより、ミッドカインの機能が次第にはっきりしてきた。例えば、阪大の和中明生先生(現・福島医大教授)との共同でミッドカインは発生中の脳のradial glia processに強く発現することを見出した。

この結果、神経細胞の移動とミッドカインの関連が浮かび上がった。理研の小嶋聡一先生との共同研究では、ミッドカインが血管内皮細胞の線溶系を促進することが分かった。

共同研究の中で、最も稔り多かったのはブリティッシュ・コロンビア大学のS. Kim教授とのものである。ちょうど私が文部省の短期在外研究員に選ばれたので、村松さんと共に、ミッドカインと抗体を持って、バンクーバーに旅立った。

Kim研究室の道川誠先生(現・長寿研部長)や佐藤準一先生との共同で、ミッドカインは神経細胞の生存を助けることが分かった。さらに、アルツハイマー病患者の脳の老人斑にミッドカインが沈着することも見出した。

2か月間のバンクーバー滞在のあとヘルシンキに向かい、そこで1月を過ごした。ヘルシンキ大学のE. Lehtonen博士と腎臓発生におけるミッドカインの役割を共同研究するためであった。

このプロジェクト自体は上手く進まなかったが、代わりにI. Tesleff教授、T. Mitiadis博士との共同で、歯芽の発生においてのミッドカインの機能を提示できた。

この頃、メルボルンのルードウィッヒ癌研究所の丸田浩部長との共同研究も始まった。メルボルンでは早速ミッドカインのジスルフィド結合を決定した。ミッドカイン分子は2つのドメインが眼鏡のように繋がっていることが分かった。

丸田先生はさらに、ペプチド研究所の木村、乾、榊原博士のグループにミッドカインの化学合成を持ちかけられた。乾達也博士らは見事にこの課題を達成された。1/2分子ずつを合成しこれを結合したのである。当時としては化学合成されたタンパク質の中で最も分子量の大きいものであった。

合成途上の1/2分子を用いて、村松さんはミッドカインの活性は主として、C末端側のドメインが担うことを明らかにした。現在では、ミッドカインはサカナからヒトまで保存されることが分かっている。ショウジョウバエにミッドカインはない。しかし、C末端側のドメインが繰り返した分子は存在し、このドメインが活性の主体であるという結論と符合している。

臨床研の稲垣冬彦部長(現・北大薬教授)にお願いしてミッドカインの立体構造も解明できた。この場合も1/2分子が役立った。ミッドカインの2つのドメインはいずれも3本のベータシートを持っていた。

この構造は今ではミッドカイン・フォールドと呼ばれている。そしてC末端側ドメイン上のヘパリン結合部位を同定することもできた。特に、渡辺毅一さんと金田さんはアルギニン81が鍵となるアミノ酸であることを見つけた。

ミッドカイン遺伝子についても研究が進んだ。Guenet部長との共同でマウスのミッドカイン遺伝子の位置を決定し、Mdkの遺伝子名を頂いた。要さんはヒト・ミッドカイン遺伝子の位置を決定し、ヒトの遺伝子名はMDKとなった。着実に研究をすすめたため、ゲノムプロジェクトにおいてもミッドカインの名が残り、混乱が避けられた。

松原さんはミッドカインのプロモーター領域にレチノイン酸受容体の結合部位を同定した。そして、安達康雄さん(現・阪大医・准教授)と松原さんはプロモーター領域にWT1癌抑制遺伝子の結合部位を見つけた。

1993年、私が名大に移ってからも、鹿児島大の臨床系の先生方はミッドカインに興味を持ち続けて下さり、いくつかの重要な共同研究が進んだ。ラットの眼に連続光照射をすると網膜が変性する。眼科の鵜木和彦先生はこのとき網膜下にミッドカインを注入しておくと、網膜変性が阻止できることを見出した。

三内の吉田義弘先生(現・鹿児島大医・教授)は脳梗塞モデルにおいてミッドカインの発現が誘導されることを見つけた。そして、スナネズミの脳梗塞モデルで脳室内にミッドカインを注入しておくと、神経細胞の遅延細胞死の進行が遅れることを発見した。神経細胞の変性をミッドカインによって防止する可能性が浮かび上がったのである。

臨床との関連では、がんも極めて重要である。門松さんはウィルムス腫瘍の全例でミッドカインの発現が上昇していることを見出した。筒井さんと門松さんはさらにいくつかのがんを調べ、驚くべきことに、多くのがんでミッドカインが高発現することを発見した。

有留邦明さん(鹿児島大・二外科)は消化器がんについて徹底的に調べた。80パーセントくらいの頻度でミッドカインの発現上昇が起こっていた。

中川原章先生(千葉がんセンター研・部長)はミッドカインを強く発現するニューロブラストーマの患者は、弱く発現する患者より、予後が悪いことを見出した。NIHから帰国した門松さんは、ミッドカインcDNAをトランスフェクトするとNIH3T3細胞ががん化することを見つけた。

門松さんたちはさらに研究を進め、がんの進展に伴ってミッドカインの発現が上昇していくことを確立した。ミッドカインはがん細胞が作り、その進展を助けている因子でもあると考えられるようになった。

そこで、大学院に参加した武井佳史さん(現・名大医・准教授)に、ミッドカインを標的としたがん治療法の開発を依頼した。武井さんは見事にこのテーマを推し進めた。

ミッドカインに対するアンチセンス・オリゴDNAを設計し、マウス大腸がん細胞の培養液に加えたところ、細胞の増殖と軟寒天中でのコロニー形成が抑えられた。さらに、アンチセンス・オリゴDNAをアテロコラーゲンと共に注入して、ヌードマウスに移植した大腸がん細胞の生育を遅らせることにも成功した。

ミッドカインに対するアンチセンス・オリゴDNA、さらにsiRNAは投与法が確立されれば、実際の治療に役立つであろう。

ミッドカインのがん選択的発現に着目して、有害な遺伝子のがん選択的発現にミッドカイン・プロモーターを用いることも考えられてきた。安達さんは自ら研究したミッドカイン・プロモーターを持ってアラバマ大のCuriel研に飛び、アデノウィルス系に応用した。

アデノウィルス・ベクターを用いて、がん細胞にチミジンキナーゼの発現を誘導し、ガンシクロビルを投与すると細胞毒性を発揮する。しかし、ウィルスが肝臓細胞に感染すると、ガンシクロビル投与時に肝障害が発生する。プロモーターにミッドカイン・プロモーターを用いると肝臓では働かないので、この問題を乗り越えることができた。

アデノウィルスのタンパク質の発現をミッドカイン・プロモーターの支配下に置き、細胞障害性のアデノウィルスをがん特異的に増殖させることにも成功した。田川雅敏先生(千葉県がんセンター研・部長)らは、ミッドカイン・プロモーターを解析して、がん特異的に働く0.3 kb の断片を発見した。これを用いて、多くのがんを対象とした系統的な研究が進んでいる。

ミッドカインは腫瘍マーカーとしても重要である。村松さんはミッドカインの酵素免疫測定法を開発して、肝がんを始めとする幾つかのがんの患者血清でミッドカイン値が上昇していることを見つけた。

このころ、ミッドカインと企業の開発研究との接点が生じていた。池松真也さんは鹿児島の二生化で研究したのち、明治乳業の研究所に入り、ミッドカイン熱を感染させたのである。明治乳業細胞工学センターのセンター長であった佐久間貞俊さんはミッドカインの有用性を見抜き、大掛かりな開発を始めた。

まず、酵母の発現系を用いて大量のミッドカインを生産した。つづいて、池松さんと佐久間さんは、大規模アッセイに適するミッドカインの測定法を作った。そして、多くのがんの患者で、ことに初期がんの患者でもミッドカイン値が上昇することを見出し、マーカーとしてのミッドカインの有効性を確認した。

池松さんと門松さんは、中川原先生と共同で、ニューロブラスト-マの予後不良因子と血清の高ミッドカイン値が相関することを見出した。島田英昭先生(千葉大医)は血清ミッドカインが食道がんの良いマーカーになることを見つけた。そして、佐久間さんは、ついにセルシグナルズというベンチャー企業を作ってしまった。

がんとミッドカインの関連では短縮ミッドカインも重要である。要さんはN-末端側のドメインに対応する部分が欠失したミッドカインmRNAを見つけた。この短縮ミッドカインはがん特異的に発現した。

有留さんは短縮ミッドカインが消化器がんの進展に伴って出現することを観察している。今後の診断への応用が楽しみである。篠沢教授〔早稲田大学)のグループはこの短縮ミッドカインに特異的抗体を作成している。

 

ミッドカインは発生過程ではどのような役を果たすのだろうか。アフリカツメガエルの系を使うべく、関口金雄さん(ファイザー製薬)と門松さんはそこからミッドカインをcDNAクローニングした。ミッドカインはアフリカツメガエルの胚では神経管の原基から神経管にかけて、強く発現していた。

引き続いて、東大の浅島誠教授との共同研究で面白いことが分かった。ミッドカインmRNAを8細胞期の植物極側の割球に注入すると、神経分化が促進されたのである。また、外胚葉部分を切り取り、アクチビンと共に培養すると、ミッドカインRNA導入胚からのものは神経分化が促進され、中胚葉分化が抑えられていた。

これらの結果は、ミッドカインが神経分化に関わる因子であることを強く示唆している。その後、Zou Pさんと村松さんは、ミッドカインが神経幹細胞などの神経前駆体細胞に強く発現され、その増殖と生存を促進することを見出した。これがミッドカインの神経分化促進能の基盤であろう。

山田雅保先生(京大・農)のグループとの共同研究でも面白いことが分かった。ミッドカインは体外培養したウシの初期胚の生存率を高めるのである。畜産上、そして生殖医学上の応用が期待される。

研究室内では、上皮間葉相互作用中の組織におけるミッドカインの役割について研究が進んだ。鳥山和宏さん(形成外科)と村松さんは肺原基の培養系を用いて、ミッドカインが間充織の細胞の増殖を促すことを見出した。

鷲見幸男さん(口腔外科)は血管内皮細胞と平滑筋細胞からなる血管モデルを使って、ミッドカインの複雑な作用様式を明らかにした。ミッドカインは内皮細胞で生産されて、平滑筋細胞に働き、今度はIL8の生産を促す。IL8は血管内皮細胞に作用してその増殖を促すのである。胚発生の過程でも同様なことが起こっているであろう。

ミッドカインが発生に関与しているならば、ミッドカイン遺伝子ノックアウトマウスは生まれてこないだろうと思った。しかし、予想ははずれた。中村英伸さん(一内)、猪鹿倉さん、門松さん、村松さんのチームはミッドカイン・ノックアウトマウスを作ってしまった。

しかも、海馬の神経の発育が遅れる以外には、目立った異常はなかった。プレイオトロフィンがミッドカインの欠損を補っている可能性が強い。そこで、黒澤さんと村松さんはプレイオトロフィン・ノックアウトマウスを作った。

村松さんたちは交配して両方の遺伝子を欠くダブルノックアウトマウスを作成した。ダブルノックアウトマウスは初めて明白な異常を示した。まず、誕生する数が少なく、体重も軽い。そして、ダブルノックアウトマウスの雌はほぼ不妊である。ミッドカイン・ファミリーが発生、生育に重要なことは確かである。

ミッドカイン・ノックアウトマウスを用いて、ミッドカインは炎症像の形成に重要なことが分かってきた。きっかけとなったのは新生内膜の形成である。冠動脈が閉塞すると心筋梗塞などの重い心臓疾患となる。この閉塞部位をバルーンで広げて治療するが、しばらくして、また閉塞することがある。血管に傷がつくとこれが刺激となって、血管壁の平滑筋細胞が管腔面に移動して、新生内膜を作るからである。

堀場充さん(一内、現・名大・環境医学研准教授)は血管の障害に伴って、ミッドカインの発現が誘導されることを見つけた。そこで、動脈に虚血性の障害を与えた時の新生内膜の形成を、野生型マウスとミッドカイン・ノックアウトマウスで比べてみた。

驚くべきことに、ノックアウトマウスでは新生内膜の形成が大きく低下していた。形成外科の高田徹さんは既に、ミッドカインが好中球の移動を促進することを見出していた。そこで、堀場さんは障害された血管への白血球の移動を調べた。

結果は明快で、好中球の移動も、マクロファージの移動も、ノックアウトマウスでは大きく低下していたのである。移動した白血球が放出する因子が平滑筋細胞の移動に寄与すると考えられるので、白血球の移動の低下は見いだされた現象の核心をなすものと判断した。

三内の松尾清一先生(現・免疫応答内科・教授)らの腎臓グループとの共同でさらに研究が進んだ。 佐藤和一さん(三内)はマウスに虚血性腎炎を起こさせた。この場合も、ノックアウトマウスのほうが軽症であった。マクロファージ、好中球の浸潤も、ノックアウトマウスでは軽減されていた。

佐藤さんは、ミッドカインが腎臓の尿細管細胞にケモカイン産生を促すことも見出した。すなわち、ミッドカインは白血球の移動を直接に促進すると共に、ケモカインの発現誘導を通して、間接的にも促進するのである。

佐藤さんは、さらに、ミッドカイン・アンチセンスオリゴDNAによって白血球の移動を抑え、マウスの虚血性腎炎を軽減することに成功している。応用を目指した展開が期待できる。また、河合華代さん(免疫応答内科)は、抗がん剤の腎毒性の場合も炎症性白血球とミッドカインが関与することを見出している。小杉智規さん(免疫応答内科)は糖尿病モデルにおける腎炎発症にもミッドカインが加わっていることを明らかにした。

ミッドカインはリューマチの発症とも深く関わっている。高田さんはミッドカインがリュウマチ患者の滑膜や滑液に発現していることを見つけた。丸山聖子さん(整形外科)と村松さんは、ほとんどのリューマチ患者で血清ミッドカイン値が上昇することを見出した。

そこで二人はノックアウトマウスを使ってさらに研究を進めた。リューマチモデルである抗2型コラーゲン抗体による関節炎は、ノックアウトマウスでは極めて起こりにくかった。この場合も、炎症性白血球の移動が抑えられていた。さらに、マクロファージから破骨細胞への分化をミッドカインはRANKLと共同して誘導することも分かった。ミッドカインはリューマチ発症にいたる2つの重要なステップに関与するのである。

伊能和彦さん(形成外科)らは、手術後の癒着とミッドカインの関係を追及した。腹壁に傷をつけ、そこへの大網の癒着を定量的に判定すると、ノックアウトマウスでは、癒着が大きく低下していた。この場合も、創傷部位でのミッドカインの発現、そして炎症性白血球の移動が鍵と考えられる。

落合恵子さん(小児外科)はミッドカインノックアウトマウスで部分肝切除後の肝再生が低下することを見出した。Salamaさんと村松さんは、がんの肺転移もノックアウトマウスで起こりにくいと、発見した。これらの過程でも、移動した炎症性細胞が放出する因子が重要なことが最近、報告されている。

ミッドカインは炎症性細胞の移動を通じて、多くの病像形成に関与することが分かってきたのである。

さらに、錫村明生教授(名大・環境医学研究所)との共同研究で、ミッドカインは多発性硬化症のモデルであるEAEの発症に関与することも明らかになった。ミッドカインはregulatory T cellを抑えているのである

。このように、ミッドカインは多くの炎症性疾患に関与するため、siRNA, アンチセンスオリゴDNAそしてアプタマーを使って、ミッドカインの働きを抑えて、疾患を治療しようと多面的研究が進んでいる。

また、堀場さんはミッドカインが虚血時の心筋細胞の障害を軽減することを見出したので、ミッドカインそのものは神経細胞死とともに、心筋細胞の障害を防ぐ薬品へと発展することが期待されている。

ミッドカインが医療との関連で重要性を増してきたので、私はミッドカインについてのホームページを日本語と英語の両方で作った (http://www.midkine.org/)。ここで触れなかった、最近のミッドカインについての進歩も、このサイトでは取り上げている。

ミッドカインの受容体、そしてその下流のシグナル系は重要な研究課題である。高田さん、道川先生そしてQi Maosongさん(現・ハーバード大)がいくつかの細胞系で調べた結果、ミッドカイン・シグナルはPI3キナーゼからERKに伝わることが分かった。

ミッドカイン受容体の成分として、プロテオグリカンは大きな役を果たす。コンドロイチン硫酸プロテオグリカンである受容体型プロテインホスファターゼ(PTPζ)については、すでに述べた。シンデカンもミッドカインと強く結合し、神経系ではシグナル受容に関与することが、M. Sarmivirta (Turk大)、中西透さん(産婦人科)、小嶋哲人先生、金田さんらとの研究で分かっている。

また、黒澤さんはミッドカインがグリピカンと結合することを見い出した。最近、市原啓子さん〔現・愛知学院大学・准教授)はコンドロイチン硫酸プロテオグリカンであるneuroglycan Cとミッドカインの結合が、オリゴデンドロサイト前駆体様細胞での突起伸長に重要であることを、大平敦彦先生(前・愛知コロニー発達障害研究所・部長)との共同研究で明らかにしている。

通常の膜貫通タンパク質もミッドカイン受容体の成分として存在するはずである。1998年、高橋雅英教授を代表者とするCOEプロジェクトが始まって、私も参加した。到達目標の一つはミッドカイン受容体の解明であった。

それまで行っていたミッドカイン受容体の研究に、より力を入れ、様々なアプローチを取る総力戦を進めた。成果があったのは、村松さんを中心とする、タンパク質ミクロシークエンシングであった。佐久間さんが酵母で作ったミッドカインを大量に供給して下さったので、アフィニティー・クロマトグラフィーでミッドカインに結合するタンパク質を網羅的に解析することが可能になったのである。

技術的に解決しなければならなかったのはタンパク質ミクロシークエンシング法であった。業者にシークエンスを依頼すると、依然としてウマに食わせるほどの量を要求される時代だった。Heikkiがヘルシンキ大でのシンポジウムに招いてくれ、そこのタンパク化学ユニットを見せてくれた。

そこで、詳しく質問して、採用されていたゲル内トリプシン消化法の文献を教えてもらった。これに、新しく購入したマイクロHPLCと共通施設のプロテインシクエンサーを組み合わせると10-20 pmolのタンパク質で、内部配列を決定できるようになった。タンパク質のシークエンシングでは悔しい思いをしていたので、私達はとても喜んだ。最近ではHPLC後にイオントラップ質量分析計と組み合わせることでfmol レベルの解析が可能となった。

ミッドカイン結合タンパク質の中で一番量が多いのはヌクレオリンであった。ヌクレオリンがミッドカイン結合タンパク質であることは鹿児島大時代に武三津彦さん(二内)らがすでに見つけていた。ヌクレオリンとミッドカインの結合は核移行、そしてHIV感染との関連で重要になるのだが、新しい結合タンパク質を探す時は障害になる。

膜貫通タンパク質を集めるため、レクチン・アフィニティークロマトグラフィーを行った。こうして村松さんらはlow density lipoprotein receptor related protein (LRP) がミッドカインと強く結合することを見出した。LRPと結合するRAPを培地中に加えると、ミッドカインの神経細胞生存維持活性が妨げられた。

これらの結果から、LRPはミッドカイン受容体の成分であると結論された。ちょうどLDL受容体ファミリーのメンバーがシグナル受容体としても機能することが分かってきた頃であった。

柴田義久さん(一内)と門松さんはミッドカインが細胞内にとりこまれ、核に移行することを見出した。取り込みを司るのはLRPであり、細胞質から核への移行にはヌクレオリンが関与していた。

LRP欠損細胞やヌクレオリンのドミナントネガティブ体を用いると、ミッドカインの取り込みや核移行が妨げられ、同時にミッドカインによる細胞の生存維持作用も失われた。ミッドカインの核移行が生存維持作用に必要なのである。

Salamaさんと村松さんはlaminin binding protein precursor (LBP)もミッドカインの核移行に重要なことを見出した。ミッドカインを核に運ぶシャトル・タンパク質として、ヌクレオリンとLBPが共に機能しているのであろう。現在、門松さんらはミッドカインの細胞内運命について精力的に研究を展開している。LRPのミッドカイン結合部位を同定し、これを発現させることによりミッドカインをトラップすることに成功した。

またミッドカインとその受容体であるLRPが小胞体でpremature bindingすることにより、ミッドカインあるいはLRPの発現が抑えられ、さらに小胞体ストレスが発生することを発見した。また、鈴木徳幸さん(循環器内科)と門松さんはミッドカインの細胞内分解にプロテアソーム系が関与することを見出している。

村松さんはさらに、インテグリンもミッドカイン受容体複合体の重要な構成成分であることを見出した。そして、インテグリンとLRPのコンプレックスがミッドカイン受容体の中核であり、これにPTPζなどがリクルートされて受容体複合体が完成すると提唱した。

培地中にミッドカインを加えるとインテグリンの直下の分子がチロシンリン酸化されることも分かった。ほぼ全体像が見えてきたと考えられる。

(2004年1月記、2009年8月、一部追加。 村松 喬)