シロナガスクジラ


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シロナガスクジラは最大の動物である。体長は平均25m、体重は100-150トン程度である。恐竜より大きいらしい。これまで様々なクジラに出会ってきたが、シロナガスクジラを見たことはない。

2001年にセントローレンス河を訪れたときも、仕事の都合で最盛期でなかったせいか空振りであった。年齢を考えて、このあたりでどうしてもシロナガスクジラを見たいと思った。

シロナガスクジラを観光客が見るのに最適な場所はメキシコのロレートである。コルテス海に1月の末からシロナガスクジラがやってくる。

いろいろな情報をネットで集めてみるとベストな時期は2月中旬から3月中旬と思われる。大学の年間行事をにらんで2009年2月18日、日本出発の計画とした。

この時期は風の強い日も多いようだ。船の欠航も計算に入れて、4日間ホエールウォッチングできるスケジュールとした。その内1日間は太平洋岸に子育てに来ているコククジラを狙う。

ロサンゼルスに1泊して、19日11時発アラスカ航空のロレート行きにチェックインした。満席である。クジラシーズンだからであろうと思った。

気のせいかクジラ好きの顔が多い。若く、知的でややほっそりしている。ロレートの空港からタクシーでバハアウトポスト(Baja Outpost)に向かった。ホエールウォッチングで人気の宿である。

シーズン真っ盛りであるから、念のため昨年の4月に予約を入れていた。バハアウトポストは増築工事のためごったがえした印象であったが、部屋の中は伝統的な作りで落ち着いていた。

夕食のとき、隣席はオランダ人の一家とイギリス人の同世代の夫婦である。オランダ人は3ヶ月間オーストラリアを旅行したそうだ。どうしてそんなに長期間の休暇が可能であるか聞いてみた。

休暇の繰り延べをして、さらに超過勤務は手当てを受け取らず、休暇に振り替えたそうだ。驚くべき制度である。それから休暇談義になった。

「日本人としては変わっているが、ちゃんと休暇を取っている」
と私がいったら、イギリス人が

「賢いというべきだろう」
と引き取ってくれた。運良くというのが正しいと思いなおしたが訂正しなかった。イギリス人はさらに続けた。

「ある日、取締役会でのことさ。社長が次の取締役会の予定をいったら、社外取締役がその日は休暇だという。社長は気を使って別の日を提案したら、また同じ社外取締役が休暇だという。社長は頭にきて休暇ばかり取って良くやっていけるなと叫んだ。

社外取締役は平然として休暇も取らずに良くやっていけるなと答えた。社長はとっくにあの世へ行ったが、社外取締役はピンピンしている。俺はそれを教訓にしている」

イギリス人の休暇信仰は相当なものらしい。

2月20日。いよいよホエールウォッチングの始まりだ。朝食は6時から。食事の後、船頭に会った。でっぷりとしたメキシコ人で、キキと自己紹介した。
うれしかった。キキが卓越した船頭であることはネットの情報で確認していた。彼が登場すれば、シロナガスクジラを見ることは、保障されたも同然であろう。

美しい日の出を眺めながら妻と2人で港へ向かって歩いた。大きめの漁船でキキが待っていた。今日はシロナガス見物人気で客は10人。船が混み合っている。
キキは船を沖のカルメン島に向けた。かなり風があるので、船はゆれるし、しぶきも飛んでくる。

カルメン島に近づくと波は穏やかになった。船は島沿いに南下した。シロナガスクジラの潮吹きが見られないかと海上を探したが、何の兆候もない。
ドイツ人カップルの女性が
「昨日はもっと荒れていたわ。今日は波が静かで、ついているかもね」
と隣の人にいっている。
「昨日はシロナガスクジラを見られましたか」
と聞いてみた。
「いいえ。荒れていたせいか、クジラは1頭もいなかったわ」
驚いた。キキがガイドしても、シロナガスクジラを見られない時もあるのだ。今年はシロナガスクジラがロレート周辺に、まだ到着していないのではないかと不安になった。

9時を過ぎてそろそろ退屈したころ、沖に何か見えた。クジラのシッポかと思ったがイルカであった。イルカでもケダモノを見て心が和んだ。

しばらくして、噴気が上がった。かなり大きい。シロナガスクジラであろうか。キキに聞くと、ナガスクジラだという。

ナガスクジラはセントローレンス河で十分見ている。ナガスクジラに時間を使いたくないなと思ったが、キキは噴気の方向に船を向けた。セントローレンス河の時とはまったく違った体験が待っていた。

浮き上がったナガスクジラは2頭いた。10数メートルのところまで接近したのでとても大きく感じる。ナガスクジラはシロナガスクジラより少し小さいだけである。

黒光りする皮膚についている、粒粒まではっきりみえる。噴気孔も巨大だ。呼吸のたびにオウーンという不思議な大きな音が聞こえて神秘的だ。

キキは潜ったナガスクジラが再浮上するのを何度も追跡してくれた。

とても友好的なクジラであった。ある時は船から数メートルの位置にまで接近してきた。噴気が上がる時、一瞬美しい虹ができた。そして噴気のしぶきが降りかかってきた。
しぶきを浴びたカメラをあわててタオルで拭った。

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遠くに噴気が上がった。高いだけでなく幅広い。
「あれは?」
キキに聞いてみた。
「ブルーだよ」

シロナガスクジラのことである。キキは全速力で船を進めた。シロナガスクジラは潜ってしまった。一度潜ると10分から15分後に、どこかに再浮上する。

あれだ! やや遠くにシロナガスクジラの噴気が上がった。それ! 駆けつけると白っぽい背中が見えた。やれやれ、これでシロナガスクジラを見たことになる。

何度か噴気が上がるのが見えたが船が50メートルほどに接近するとクジラは高く尾を上げて潜水した。この時がシロナガスクジラ撮影のチャンスである。

シロナガスクジラの尾はたくましく、その巨大な体にマッチしている。一方ナガスクジラは潜水するとき尾を上げないのである。

それからシロナガスクジラとのかくれんぼが繰り返された。広い海域のどこにシロナガスクジラが浮上するか分からない。皆で必死に探す。私も3度ほど見つけることができた。
「あっちだ!」
急いで駆けつける。何となく自分のクジラのような気がする。もう少しで接近できる。そこで大きな尾が上がる。シャッターが連射される。この繰り返しである。

良い写真を撮るためには船首にいる必要があるが、私は場所取りが悪く、他の客の肩越しであった。そのうちに場所が改善されて少しずつましな写真が撮れるようになった。

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1時間以上、複数のシロナガスクジラとかくれんぼを楽しんだ。一度は、浮上したクジラに30メートルほどまで接近できた。クジラの皮膚は黒っぽい。おやこれはナガスクジラであろうか。

とまどっているとクジラは尾を上げた。シロナガスクジラだ。上がった、たくましい尾を横から撮影できた。あまり大きいので望遠レンズのフレームからはみだそうだった。

浮上したシロナガスクジラがゆったりと泳いでいた。20メートル近くまで接近していても逃げない。今度は灰白色の皮膚で典型的なシロナガスクジラである。

浮上している部分だけでなく水面下の部分も分かる。海が淡いエメラルド色に輝いているのだ。

私はゆったりとクジラを眺めていた。背中が丸まった。尾が上がるぞ。こうなればカメラを取り上げざるを得ない。上がった尾の付け根はあくまでも太い。斜め後ろからのアングルだ。

今度は尾部がフレームに収まった。灰白色の鋼柱が海を貫くようにしてクジラは潜っていった。

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近くの浜に上がって昼食。岸から見るコルテス海の美しさも抜群である。砂浜の近くのエメラルド色、その先のサファイア色。こんな澄み切った海の色は南太平洋レベルかそれ以上である。

帰りの海は荒れた。うねりもあるから怖いようである。

夕食のとき、隣のロサンゼルスから来た人と話した。ひ孫がいるというのに、奥さんを乗せてハーレーのオートバイで家から飛ばしてきたというから、相当な男である。私がアラスカ航空できたというと

「そりゃそうだ、それ以外飛んでないからな」

と相槌を打った。驚いた。昨年4月、宿と同時に飛行機も予約したときはデルタやエアロカりフォルニアの便もあった。飛行機が小さいのでデルタやエアロカリフォルニアを選択しなかったのである。

金融危機の影響でこれらの便は撤退したのだそうだ。アラスカ航空以外を予約していたら大騒ぎになるところだった。

次の日は凪であった。穏やかな海を苦もなく船は進んだ。8時過ぎには昨日クジラに満ちていた海域に到着した。しかし噴気はまったく上がらない。10時過ぎまで何も起こらない。

やっと噴気が上がり、駆けつけると小ぶりなシロナガスクジラであった。しばらく、このクジラを目標にしたが潜るときに尾を上げないので迫力がなかった。
しかたがないので潜水時の渦とその後にできる円状の滑らかな海面を楽しんだ。

クジラが本格的に動き出したのは昼食後であった。昨日の興奮が戻ってきた。何度目かの浮上で30メートル弱くらいの位置までクジラに接近できた。

灰白色の体が大きく浮いている。そしてクジラは背を丸め、尾を高く上げて潜った。真後ろからの眺めだ。完璧な写真が撮れたはずであるが、尾のあまりの大きさにフレームをはみ出してしまった。

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また至近距離からの潜水である。望遠レンズの倍率を最大にせず、注意していたのだが、またフレームをはみ出した。今度は20メートル近くに接近したのであろう。
 

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ふと気が付いた。至近距離でのダイブはすべてカメラのファインダーで見ている。
一眼レフだから鮮明さは変わらないであろうが、やはり、一度は肉眼で見るべきだ。

そう思っていると、またシロナガスクジラに大接近した。ぼんやりとした水中のクジラを眺め、たまに写真を撮った。やがて、水面下の後半身が尾と共にはっきり見えた。

尾は船から数メートルのところにあり、さっと伸びている。日本刀の鋭さだ。そうだ、シロナガスクジラの素晴らしさは大きさだけでなく、この冴えた形にある。私はゆっくりとクジラに見入った。

カメラに偏光フィルターを付けているので、この姿を写真に収めれば貴重かもしれないが、このときはカメラを取り上げなかった。満ち足りた時間が終わり、クジラは潜って去った。尾は上げなかった。

ホエールウォッチング第3日目。今日も凪である。タクシーに分乗して、半島を横切りマグダレーナ湾を目指した。コククジラの大群が子育てにやってくるので有名な場所だ。

コククジラは人懐っこく、ボートに寄ってくることも多い。運がよければ手を伸ばしてクジラにタッチできる。

10時ごろに船に乗って出発。クジラが湾内に満ち溢れているかと思ったがそうではない。たしかにあちこちに潮吹きが見られるが、クジラの数よりも船の数が多い。

クジラが寄ってくるのを待ちきれなくなったのか、必死に逃げるクジラを猛スピードで追跡している船がいる。客はタッチしようと手を伸ばしている。クジラは怒ったのか大きな水しぶきを上げた。

昨日はタッチさせたという子連れのクジラが現れたが、もう十分だとばかりに足早に去っていった。

私たちの船の船頭は活気が無く、クジラの進む方向を読んでいない。船のスピードも遅く有望なクジラの所に最後に駆けつけている。

もっとも今日は特に友好的なクジラはいなかったようである。タッチに成功した船は見当たらなかった。

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夕食のとき隣はオランダ人の若者2人。シーカヤックで3泊ほど野宿してきた剛の者たちである。日本と捕鯨というきわどい話題になった。

「日本でもホエールウォッチングは人気になっている」
と私がいうと
「2分間だけだな。後は銛が打ち込まれて、ツアーの後で肉が分配される」

毒のあるジョークが返ってきた。それぞれの側に言いたいことは一杯あった。
しかし、とりあえず日本のホエールウォッチングについての情報を提供した。彼らはある程度納得したようだった。

第4日目。最後のホエールウォッチングである。再びシロナガスクジラ狙いだ。幸いなことに今日も凪。8時30分頃からクジラの活動が始まった。

 最初の見せ場は4頭のナガスクジラ。船の右側を2頭、左側を2頭が泳いでいた。左側のクジラは10メートルほどしか離れていない。間近に迫るナガスクジラの黒光りする肌は何度見ても良い。

そしてシロナガスクジラの登場となった。クジラと40メートルほどの距離に接近したのが7回ほどである。これまでのような超接近はなかった。

私は1回おきに写真を撮った。このくらいの距離であるとカメラのファインダーを覗いたほうが望遠レンズの効果で迫力があることも確認した。

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最後にザトウクジラが登場した。尾を上げての潜水を横から撮影した。そして、船の近くへの大接近。水中の長いヒレもよく見えた。私はヒレの撮影にも成功した。

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夕食のとき、マグダレーナ湾から帰ってきたフランス人夫妻に会った。現地に3泊して、クジラにタッチしてきたそうだ。意気込みが違うと成果も違うようだ。ご主人が、私たち夫婦はどうやって来たか聞いた。

「アラスカ航空ですよ」
当然のことと答えると、ご主人はうなった。
「アラスカ航空か、どうやって予約しましたか」
「インターネットですよ。ただし去年の4月」
答える私にオランダ人の若者が割って入った
「そりゃみんなインターネットですよ。簡単なものさ」

ご主人は私と同じ世代なので、行動が古いのではないかとからかいの対象になったらしい。ご主人はかまわず話した。

「パリからロレートまで全部エールフランスに頼んだのだ。ところが1月の末に別件でエールフランスに連絡すると、ロサンゼルスからのコネクションができないというのだ。それまで何の連絡もなかった。慌ててアラスカ航空の便を探してもらったが全部満席。キャンセル待ちもだめだった」

しかしそれからがすごい。ロサンゼルスからラパスまで飛んでレンタカーでやってきたそうだ。メキシコの僻地の道を350キロ運転してくる勇気は私にはもうない。

万一、ロレート行きが欠航になったら、私たちもラパスに飛ぶ積りだった。ただそれからはバスに乗ったであろう。

「これからの予定はどうですか」
フランス人が聞いてきた。
「明日ロサンゼルスに帰り、それからメキシコシティーに行きます」
「ややこしいことをされますね」

フランス人は驚いていた。しかし、陸路ラパスに出る以外には、ロレートからメキシコシティーに行くにはこのルートしかないのである。
「彼らの妙なルートを聞いて少しは気が楽になりましたよね」
オランダ人は毒舌でフォローしていた。

無事にロサンゼルスに帰り、翌日メキシコシティーに飛んだ。大学の用事が迫っているので、メキシコシティー1泊、カンクン3泊、そのうち1日はチツェンイッツァ往復という駆け足観光である。

それでもテオティワカン、マヤ、アステカの文明のあらましと繋がりがおぼろげに見えた。カンクンのビーチから見るカリブ海もひたすらに青かった。