南アフリカ、花の旅行記: ウェストコースト、ナマクアランド、クランウィリアム


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ナマクアランド、あるいはナマクワランド。魅力的な地名である。一度、南アフリカを旅した私にとっても。ナマクアランドはケープタウンから数百キロ北上したところに位置する。半砂漠状態なのだが、冬の雨の後、一面にワイルドフラワーが咲き誇るという。

世界的に著名なワイルドフラワーの楽園は、南半球の大陸西岸に集中し、ナマクアランド以外に、西オーストラリアとチリのアタカマ砂漠があげられる。この中で最も規模が大きいのはナマクアランドだそうだ。一面に広がるデイジーの群落はことに有名だ。西オーストラリアのワイルドフラワーはすでに経験し、大感激した。アタカマ砂漠も探訪したが、当たり年でなかったのか花の影もなかった。

残されたナマクアランドに行き、神々の花園とも称えられるワイルドフラワーを経験する計画が浮かんだ。しかし、考えていくと足を引っ張る事柄が出てきた。

まず、ナマクアランドの花は本当に世界一なのか。西オーストラリアの花は立派だった。これと同様ならアフリカまで出かけて苦労することはない。しかし、写真で見るナマクアランドの花はとても見事で、オーストラリアのものとはレベルが異なるかもしれないと思われた。

ことにデイジーは花の密度が違うようだ。もっとも、デイジーの大群落は、耕作などによって地表がかく乱されたところにできるから、本当の自然ではないという見方もある。

たしかに、オーストラリアでも牧場がデイジーに覆われていた。とはいうものの、チャンスがあれば大群落を作る生命力をナマクアランドのデイジーが持っていることは確かだ。

ワイルドフラワーの大群落は日本でも経験している。私の頭の中に2つの風景が、幻のように残っている。2つともに、もう現実のものではない。

1つは、中央アルプス宝剣岳のカールを埋め尽くしたシナノキンバイだ。もう50年近く前だろう。麓から愚直に登っていって、一面の黄色い花に出会ったときは心の中で快哉を叫んだ。時を経て、ロープウェイを使って宝剣岳を再訪したが、花はヒモに囲まれていて、昔のオーラを失っていた。

もう1つは、霧島山系の新燃岳山腹のミツバツツジである。韓国岳から縦走して行って、隣の山頂から燃え上がる山腹を眺めた。しかし、新燃岳の大噴火で、ここのミツバツツジは消滅してしまった。こういった経験があると、しょせんはデイジーではないかとも思えてくる。

さらに、ナマクアランドの観光は、まだ一般的ではない。交通手段、宿泊施設など考えなければならないことも多い。

それでもナマクアランドの魅力は、私をつかんで離さなかった。そして、本当に凄いかどうかは行って見なければわからない、出かけようかという気持ちに傾いていた。最後に背中を押したのは妻である。ゴリラトレッキングから帰って、翌年の計画について話し合った。

「やっぱりヨーロッパだけでは迫力がないわね。あなたが言っていた南アフリカの花はどうかしら」

渡りに船と同意した。さて、方法をどうするかである。正解はケープタウンからレンタカーで北上することかもしれないが、70を越えた私にはきつい。ナミビアのレンタカーでひどい目にあった記憶も褪せていない。

やはりツアーに参加するべきであると思った。実際、日本から良いツアーが出ている。しかし花を見るためだけにアフリカの僻地に出かけて、とんぼ返りするのは味気ない。一方、いくつかのツアーで、組になった他の観光地はもう出かけている。

私が温めていたプランは、現地ツアーに参加し、その後でリゾートに滞在して、休むと共に、また花を見てから帰るというものである。ナマクアランドの花は不確実性が高い。まったく咲かない年もあるし、花はあっても、悪天候だと開かない。それでも、こういったプランなら最低の結果にはならないだろう。

例によってネットで検索しまくったが、意外と良いツアーがない。それでも何とかHappy Holidayという会社にたどりついた。ケープタウン発着5日間のコースが8月19日発と8月25日発の2つ設定されている。

しかし、前年の10月に行動したのに、25日発はもう満席であった。かなり評判が良いツアーらしい。天候が安定するのは25日発かもしれないが、思い立ったら実行しようと、19日発を申し込んだ。 

半年前に全行程の手配が終わって、出発を待つばかりとなった。気になるのは天候である。時々ネットで現況をチェックした。ナマクアランドの花が絶好調になるためには2つの条件を満たす必要がある。

まず初冬、すなわち5、6月ごろに、しっかり雨が降ること。発芽を促すのだろう。そして7,8月に、適当な間隔で雨が降ること。開花を促し、開いた花を長持ちさせるために必要だ。

今年は4月と6月はじめにに大雨が降ったが、その後雨はやんだ。乾燥したままでは困ると思っていると7月後半になって雨が少し降り、8月上旬にも降った。やれやれ、これなら花を見られそうだ。喜んでいると別の心配が発生した。

中旬になると頻繁に雨が降るのである。そして長期予報では、私たちがナマクアランドを訪問するときも雨が降り、気温が低いことになっている。

ナマクアランドデイジーは晴れた日で、おまけに温度が17度以上のときに花を開くといわれている。天気予報が当たれば、しぼんだデイジーを見ることになりそうだ。

2013年8月16日。中部空港からシンガポール航空で出発した。シンガポールで乗り換えてヨハネスブルグに飛び、また乗り換えてケープタウンを目指すのだ。

シンガポールでの待ち時間は10時間である。なんとなく8時間のように思っていたが間違いである。暇に任せてネットを見ていたら、エミレーツなら関西空港発ドバイ乗換えで直接ケープタウンに入れると分かった。チェックしたはずなのに、どうして見逃したのだろう。

そういえば、ANAのマイレージカードを忘れて、マイレージの事後登録も必要となった。

かなり意気消沈した。これは、やはり年のせいだ。こんなにつまらない間違いを複数するようでは、世界旅行を続けられるのは長いことではない。

8月17日。無事にケープタウン着。タクシーでケープグレイスに向かった。このホテルはウォーターフロントに位置し、テーブルマウンテンも望めるという眺めの良いものである。

内装もちゃんとしていて、ケープタウンでも屈指のホテルである。ナマクアランドの宿泊施設は無事に生きられればよいレベルかもしれないから、拠点のホテルは高級にしたのである。すぐにチェックインし、ひたすら眠って長旅の疲れを取った。

8月18日。今日は基本的には予備日である。しかし、天気予報は晴れたり曇ったりなので、車を雇ってウェストコースト国立公園に行くことにした。

この国立公園までケープタウンから車で1時間くらいである。ワイルドフラ ワーもかなりのものらしい。ナマクアランドの天気が悪いかもしれないので、好天の可能性があるときは、できるだけ花を見ようと思ったのだ。

前の晩コンシェリジェに相談に行っていた。コンシェリジェは、ウェストコーストの花はまだ咲いていないだろうといった。たしかに、ワイルドフラワーの開花はナマクアランドで8月上旬に始まり、次第に南下し、ケープタウンの近くが最盛期になるのは9月といわれている。

しかし、私はネットで、今年は全体に開花が早いという情報を得ていた。朝食後またコンシェリジェに会って、花はなくてもいいとがんばって車を手配してもらった。立派なBMWを4時間チャーターすると約3万円。延長すれば時間比例で料金を増すという契約である。

9時45分、勇んで出発した。デイジーが花開くのは朝10-11時ころから午後3-4時くらいの間だから、余り急いで出発しても意味がない。

運転手は、花がないのに大丈夫ですかと心配げである。たしかに、北上しても道端に花は見えない。

国立公園に入ると、ダチョウが現れた。

「あれはメスだよ」

運転手がいっても、私は「そうか」というだけで、じっとしていた。

「今度はオスだ、大きいだろう」

「そうだね」

運転手は、どうも勝手が違う客を乗せたと思っているようだ。

「止めてくれ」

私は大きく叫んだ。ダチョウの夫婦が数羽のヒナを連れて歩いている。ダチョウはゆっくり足を上げ、足を下ろして進むのだが、それでもヒナにとっては、ついていくのは大変だ。ブッシュの中を転がるように走っている。私は車から飛び出して、たくさんの写真を撮った。運転手は安心した表情になった。

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車を進めていくと、花が増えてきた気がする。赤い大きな花もある。朝は曇りがちだった空も晴れ渡ってきた。

「止まれないかい」

また写真を撮りたくて聞いてみた。

「ここは難しいです。この先がもっといいですよ」

元気づいた運転手が答えた。ひたすら車を走らせて、今日の目的地であるポストバーグ(Postberg)保護区に着いた。ウェストコースト国立公園の中でも、この保護区のワイルドフラワーが最も素晴らしいとされている。

保護区のゲートをくぐると、あちこちに花のカーペットができている。当たったのだ。デイジーが咲いているのだ。

ウォーキング・トレイルとの分岐点を過ぎて未舗装の車道を進むと景色はさらに目覚しくなった。大きく平原が広がり、なだらかに海に向かっている。

平原には、ポツポツと潅木が茂っている。開いた地面では、至る所にデイジーが咲いている。白いのが多いが、黄色や橙色のもある。地表の4-5割はデイジーで覆われているだろう。

この空間の広がりは私の予想を超えたものだった。私は車を停めてもらっては、写真を撮ったり、ひたすら眺めたりした。自由に行動できるのが、車をチャーターした利点だ。日曜日なのにほかの客は少ない。花はまだと思っている人が多いのだろう。

しばらく進んでいくと岬の先端になった。ここは見晴らしポイントになっていて、駐車スペースもある。車を降りてゆっくりすることにした。

ここにも赤い花が固まって咲いている。デイジーではない。花弁がもっと細く数が多い。葉は肉厚で細長い。後で買ったガイドブックの知識によれば、マツバギクの仲間で、メセン(mesemb)と総称されるものだ。現地ではvygieとよばれている。薄紫色や黄橙色のメセンもあった。これからさまざまな大きさや色のメセンと出会うことになる。

引き返して丘を登っていくルートをとった。谷間にうっすらと花が広がり、そこにレイヨウの一種、ボンテボックの群れが遊んでいた。進むにつれて、花の見事さはさらに増していった。地表の半分以上がデイジーに覆われているだろう。

白いデイジーが主体のところでは、全体に雪がうすく積もったようだ。花が密集している部分では、白色のカーペットとなっている。青い花の群落も見えてきた。花弁が4つなのでアブラナの仲間だろう。白いデイジーの中に青い花の筋ができ幻のように美しい。花畑を歩くホロホロ鳥のカップルにも会った。

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引き返すときさらに花が開いたようだった。私たちは満足しきって帰路についた。圧倒的な広がりのデイジーの群落を見たのである。3時ごろケープグレースに帰着した。運転手はコンシェリジェに報告していた。明日からはウェストコーストがお勧めコースとなるだろう。

8月19日。ツアーが始まる日だ。迎えに来たバスに乗って空港に向かった。ここでステレンボッシュに泊まった客、さらに飛行機で着いたばかりの客が合流した。

総勢12人。3人は国内からで、あとはヨーロッパからの客と私たちである。男性は2人だけ。さすがに花のツアーである。70代の人が目立つ。車を運転するのは苦手になった層の人たちが参加しているのだ。

案内してくれるのは女性のガイド、そして運転手である。ツアーの代金は4泊5日で1人7万円弱。特に安いのではなく、これが相場。南アフリカの物価は安いのである。 

「ウェストコーストの花が咲きました。予定を変更して今日はそちらに向かいます」

ガイドが説明した。情報の伝達が早いらしい。しかし、それでは昨日の行動はむだな動きだったのだろうか。好天の下、バスはひた走ってポストバーグ保護区に入った。昨日も行った丘に向かうと、同じように花が見事だった。ただし、バスは止まることができない。

「ここでは所定の場所以外では、車を降りられないのです」

ガイドがこぼしていた。今まで気がつかなかった。動物保護という理由もあるのだろうが、基本的には道が狭いためであろう。勝手に車を止めていると渋滞してしまう。

昨日に比べると明らかに車が増えている。そしてバスなので、路肩に寄せて後ろの車をやり過ごすこともできない。昨日とは状況が違うのだ。

それでも、窓から必死に写真を撮る客が可哀想になったのか、バスはわき道に入り扉を開けた。昨日、花のカーペットが最も見事だったところだ。客たちは飛び降りて花を満喫した。花は、昨日よりももっと咲いているように感じたが、撮った写真を比べてみると同じようだった。もう満開なのだろう。

昼食後、バスは飛ばした。そしてナマクアランドに近いVredendal のMelkboomsdriftに着いた。これは農場に併設されたゲストハウスである。敷地はなだらかな斜面で、その先に豊かな水量の川が流れていた。

部屋は簡素ではあるが清潔であった。暖房はないものの、電気毛布が寒さをしのいでくれた。料理はほどほどにおいしい。ワインを造っているので、大きなグラスになみなみと注いだ立派なワインが一杯150円であった。酒好きにはたまらない宿だ。ここに2泊である。 

8月20日。朝食のとき、近くでの事故が話題になった。昨夜、警察の車や救急車がやってきて騒々しかったようだ。私たちは気がつかなかったが。追い越しに失敗した車が、前方のトラックを避けようとして川に飛び込み、運転手が死亡したらしい。南アフリカの道も安全とはいえない。しかし、私たちの運転手は無理な追い越しはしないし、出すべきときはスピードを出す。素晴らしい運転手だというのが、全員の評価である。

朝食後、バスは東に向かった。多肉植物の植木屋で小休止した後、バスは坂を登っていった。標高1000メートルほどの、テーブルマウンテンのような台地を目指すのである。眼下の風景は壮大で、アフリカらしい。

登りきるとニューウッドビルである。ここはもうナマクアランド南部である。同時にケープ植物系の北端である。したがって多様な花が見られることで有名であり、球根類のメッカとよばれる。

町の中心を過ぎて、しばらく南南東に進んだ。道の両脇に黄色いデイジーのカーペットが広がるようになった。良い雰囲気である。今日までは大丈夫という天気予報通り、空も晴れている。期待できる1日になりそうだ。

目的地はマッキスフォンテイン(Matjiesfontein)農場。環境保護に熱心で、花の季節は公開されている。周遊道路をしばらく進むと道の両側にお花畑が広がった。ここで車を止めて20分間の休憩。私有地だから花を踏まないように気をつければ、お花畑に入っていける。

さまざまな花が目に付くが、特に目立ったのはトリトマ。黄色い膨らんだ尻尾のようなものが何本も突き上げていた。赤橙色の大きな花もある。ガザニアだ。

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小さな花に目を向けるとこれはもう限りがない。皆、うっとりと花畑をさまよった。遠くには黄色いデイジーのカーペットが広がっている。

出発して少し進んでまた20分間の休憩。今度は湿っぽい土地のお花畑だ。ロムレア(Romulea)の群落が見事である。赤い大きな花が地面から直接咲いたかのように開いている。花の形はアサガオに似ているがアヤメの仲間なのだ。赤紫の花弁が2枚ある花もある。Colchicum coloratum だろう。そして黄色の筒状の花弁と白い手が組み合わさったような奇妙な花も。Nemesia anisocarpa だ。

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さらに白色の花がいくつか束になって咲いていた。葉が小さいので、これも地面から咲いていると間違えそうだ。バビアナといってアヤメの仲間である。珍しい花の宝庫である。

バスの進む方向にデイジーのカーペットが迫ってきた。やがてバスはカーペットの只中に入った。ここでまた20分間の休憩。全員、あわただしく車を降りた。

橙を帯びた黄色いデイジーが一面に広がっている。デイジーは満開で、地表の大半を覆っている。奥のほうではデイジーであふれかえっているといったほうが良いだろう。

はるかかなたの小さな丘のふもとまで、一面が濃い黄色だ。別の方向には遠く農家と、灌漑用水をくみ上げる風車が見える。典型的なナマクアランドののびやかな風景だ。

皆、喜んで写真を撮り、そして花の中に入っての記念写真に興じた。詳しく見ると、デイジーの花に大小がある。複数の種類の花が混じっているのだろう。しかし主体はナマクアランドデイジーと呼ばれるものかもしれない。

再び乗車、バスはデイジーのカーペットの中をゆっくり進んだ。これでおしまいかと思ったら違った。バスは再び停車し、客は歩いていくことになった。大当たりの状況なので徹底的に楽しませようとの考えであろう。バスは客を追い越し、遥か先に停車している。ゆっくり、気ままに進めばよい。写真を撮り、花を眺め、前方を見つめ、後ろを振り返った。そしてまた、デイジーのカーペットの真ん中での記念撮影だ。至上の時が流れていった。

バスに乗る直前、仲間が白地に複雑な模様の入ったグラジオラスのような花を見つけた。見事な花である。さすがに球根類のメッカである。事前の情報では、ニーウッドヴィルは花の多様性が強調されていた。しかしそれだけではなかった。多様性もナマクアランドらしい壮大さも共に経験できたのである。

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帰り道、台地を下りる道の脇にプロテアを見つけた。プロテアはケープ植物区系を代表する花であるが、横から急いで見たこのプロテアはみすぼらしい感じだった。むしろ道の脇のブッシュに散在する黄色のカーペットが趣き豊かであった。

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8月21日。北上してナマクアランドの中心、スプリングボックに達する日だ。途中スキルパッド(Skilpad)保護区に立ち寄る。のびやかな丘陵地帯に、ナマクアランドデイジーの橙色のカーペットが広がる風景は、多くの人によってナマクアランドを象徴するものと称えられている。

当たりはずれが多いナマクアランドの中で、比較的コンスタントに花が見られることも評価が高い背景にある。今年は7月の末に開花したが、8月の雨に支えられて花はまだ命を保っているようだ。

朝は曇り。進むにつれて雨が降ってきた。天気予報が当たったらしい。日が射して、虹が輝くこともあったが、また曇天に逆戻りした。

スキルパッド保護区に入ったときも曇り。たしかに橙色のカーペットが広がっている。近くで見ると花は開いていない。遠景では花の状況は分からないから、全体像の写真を示せば、見る人を感動させられるかもしれない。しかし、多くの花を見てきた私たちには物足りなかった。

まずはレストランで昼食。食事中に晴れるかもしれないと期待したが、逆に霧が出て激しい雨が降り出した。バスが保護区の巡回路をゆっくりと回りはじめると雨はやんだ。

しばらく行くと、車を降りることができる地点がある。雲が切れ、時には薄日が射すようになったが、花は閉じたままである。それでも私たちは橙色のカーペットを眺めたり、珍しい花を探したりして時を過ごした。紫色のバビアナがあった。

バスに戻り、さらに北上してスプリングボックに着いた。宿はオリーブツリーゲストハウス。ここに2泊である。設備はちゃんとしていて、私たちの部屋は暖房もついていた。食事もおいしい。予想外に良い待遇だ。
 

8月22日。スプリングボック近郊の花を眺める日だ。朝食のとき、ガイドが隣に座ったので、様子を聞いてみた。昨日、現地情報を集めるといっていたからである。

「グーギャップ(Goegap)自然保護区の花は終わっているわ。6月に咲き始めたそうよ。ナバビープ(Nababeep)の花は大丈夫。でもこの寒さではね。花は開かないわよ」

ガイドはどんよりしている。今日は晴れであるが、気温が低い予報だ。それが現実化しつつある。このままでは竜頭蛇尾になるかもしれない。

ニーウッドヴィルのデイジーに比べるとナマクアランド中心部のデイジーは色が濃い。赤みを帯びた橙ともいえそうだ。これが密集して花開いているのを一度は見たいものだ。グーギャップとナバビープが訪問予定なのだが順番はどうなっているのだろう。聞いてみた。

「どちらに先に行くのだい」

「午前中にナバビープ、午後にグーギャップの予定よ」

条件が良い日なら妥当な順番だ。

「順番を変える気はないかい。午前中は寒いけれど、午後に気温が上がる可能性は残っているよ」

予定を変えると、レストランの時刻を変更するとか、いろいろ厄介なことがあるはずだ。でも、だめもとだと聞いてみたのだ。

「そうね。やってみる値打ちはあるわね。順番を変えましょう」

驚いたことにガイドは同意してくれた。
 

バスに乗ると

「タカシの提案に乗ることにしたわ。まずグーギャップに行きます」

とガイドがいった。うれしいが、これで花が咲かなかったら徒に混乱させたことになる。やや緊張した。

グーギャップは色とりどりの花が咲くことで有名である。しかし、ガイドのいうとおりほとんどの花は終わっていた。わずかに黄色い花が残っている程度である。

グーギャップのもう一つの売りはキヴァー・ツリーなどの乾燥に耐える植物である。キヴァー・ツリーは庭園風に寄せ植えされているのと、自然に生えているのとがある。

私はハイキングトレイルの起点にある自然のものに近づいた。頑丈な幹が直立して、先端でやたら枝分かれした枝があちこちに伸びていた。高さ数メートルと大きいがこれでもアロエの仲間である。

キヴァー・ツリーを楽しんだ後、回遊路をバスで回った。花は少ないものの壮大な景色はそれなりのものだ。嬉しいことに立派なオリックスが現れた。オリックスはこちらを見てポーズしてくれた。

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昼食後ナバビープに向かった。道端に見えるデイジーの花が開いている。午前中のグーギャップでは閉じていたのだが、午後になって気温が上がったのだ。賭けは当たったのである。一同、にわかに活気付いた。

もっとも後で調べると、スプリングボックのこの日の気温は最高14度で、開花に必要とされる17度には達していない。晴天であれば午後に花の付近の温度がもっと上がるのだろう.

ナバビープの町を過ぎると道の右側は岩の多い斜面だ。そこに赤橙色のデイジーが咲き誇っていた。ここで休憩。皆喜んで斜面を上がって、デイジーを眺め写真を撮った。いかにも自然な風景の中のデイジーとなるからだ。

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引き返していき、今度は道の脇に広がるデイジーを見ることになった。

「タカシ、どこにバスを止めるか決めてよ」

賭けが当たってガイドは上機嫌である。といっても、選択は難しい。いくつか適当な場所があったが、慌てずにやり過ごした。柵がなく、かなりの広がりでデイジーのカーペットがあるところとなった。

「止めてくれ」

皆、急いでバスを降りた。ブッシュを越えて入り込んでいけば、道は遠くなり、花の世界だ。木が生えていないところは、ほとんどが一面のデイジーである。

その向こうは緑の山だ。花の密度は高く、花が盛り上がっているところもある。それぞれ適当な場所に陣取って花を味わった。ピンク色のバビアナあった。

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濃い橙色のデイジーのカーペットを彷徨って全員が満足した。帰り道、合唱が始まり手拍子が聞こえた。

「あら手拍子になったわね。昨日は違ったけれど」

ガイドがいった。

バスはさらにコンコルディアを目指した。ここにはorbiculeといって卵状の核がたくさんある奇妙な岩があった。荒々しいキヴァー・ツリーも目に付いた。

8月23日。一路ケープタウンに帰る日だ。昼食のためクランウィリアムの町に立ち寄った。こぎれいな町だ。ルイボス茶の特産地としても知られている。

そして近くのラムスコップ・ワイルドフラワーガーデンを訪ねた。ここは、基本的には庭園であるが、潅水されているので、条件の悪いときでもデイジーのカーペットを見ることができるとされている。たしかに小規模だけれどカーペットがあった。

そのほかにも、キヴァー・ツリーの植え込み、何種かのプロテアそしてその他の花と基本的なものを取り揃えている。私も写真を撮りそこなった、大きな赤いメセンの写真をものにでた。

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ここで記念撮影。いよいよツアーも終わりである。

「予想より、さらに良かったわ」

70歳記念に、ご主人を引き連れてロンドンからやってきたご婦人がいった。

皆、同様の考えのようだった。

バスはまたひた走って、5時過ぎにケープタウンに着き、最初にケープグレイスに寄ってくれた。参加者全員と盛大に別れを惜しんだ。
 

8月24日。ワインツアーの日である。Happy HolidayはTripAdvisor で5つ星という驚異的に高い評価を得ている。その理由はワインツアーが素晴らしいからだ。ワインツアーには乗り合いとプライベートのツアーがある。どうせならとプライベートのツアーを申し込んでいた。迎えに来たのは責任者のジョン。彼が私たちを1日中案内してくれた。

4回のワインテイスティングがある豪華なものであった。まず8種のチーズとマッチした8本のワインをテイスティングするので、最初から度肝を抜かれた。

とてもよく練られた計画で、また彼のガイド振りも最高であった。彼は明後日から3日間のワイルドフラワー・ツアーをガイドするので、明日は打ち合わせと情報収集の日だ、といっていた。

ワイルドフラワー・ツアー全体についてもジョンが目配りしているのであろう。振り返ってみても、バランスがよく、行くべきところに行っているツアーだった。
 

8月25日。見事な晴天である。迎えに来た車に乗って北上しクランウィリアムに引き返した。3時間ほどの行程で、経費は1万7000円である。

クランウィリアムの郊外にブッシュマンズクルーフという評判の良いリゾートホテルがある。ここに4日間滞在し、寛ぐと共にあたりの花を見る予定である。

ブッシュマンズクルーフは、自前の広大な保護区を持ち、ケダモノや植物を保護しているのだ。花の季節には黄色いデイジーのカーペットができるといわれている。

評判が良いだけあって、昨年の10月にアプローチしたら、ほぼ満室状態であった。わずかに残っていたのは、1棟のロッジ全体を借り切るプランである。

子連れの夫婦2組が泊まれるロッジなので2人だけで借りると割高で、夫婦で一泊10万円程度となる。しかし、食事、アルコールそして専用の車とガイドがつくので思い切って予約したのだった。

チェックインしたら早速ガイドの車で出かけた。少し行って車を降りて歩くと黄色いデイジーのカーペットが広がっていた。規模は小さいが所々に岩やブッシュがあり、いかにも自然な風景だ。

デイジーはやや小型で、クランウィリアム・デイジーを主体にしたものであろう。これも至上の経験と喜んでたくさんの写真を撮った。

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よく見るとマウンテンバイクが走ったような跡がある。カメラの性能が良くなるのも、いいことばかりではない。もっとも、ネット掲載のため解像度を下げたら目立たなくなった。

車に戻って先へ進んだ。うっすらとした花のカーペットの中にスプリングボックの群れが休んでいた。今度はマウンテンゼブラの群れ。マウンテンゼブラは通常のシマウマとは模様が違い、希少種なので、ぜひ会いたかった動物である。次にはオオミミギツネが登場。走っていくオオミミギツネの撮影に成功した。

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ロッジに帰り、一休みしてから午後4時半、ウォーキングに出発した。車を降り、花のカーペットや岩の上を歩いていくのである。ここにはコブラもいるそうだが、まだ気温が低いので出てこないだろうと言われた。いくつかの花をめでてから岩壁に接近した。ブッシュマンが描いた岩絵がある。数千年前のものだそうだ。しかしクロマニョンの洞窟画に比べれば迫力に乏しかった。

8月26日。お弁当を持って近くのBiedouw谷に出かけた。ここもワイルドフラワーで有名なところである。今日までは天気が良い予報だが、明日からは崩れる可能性があるので、今日しかないと張り切った。
                                                                            

9時半に出発して10時過ぎには目的地についてしまったが、急ぎすぎだった。花はまだ開いていなかったのである。近くをドライブしてもらって11時頃、谷に引き返すと見事な満開であった。

谷の牧草地がデイジーのカーペットになっていて、向こうの切り立った崖まで続いている。花の密度は全体的にはナマクアランドより薄いが、密集したところでは同様である。

花は多様で、オレンジを基本としつつ、黄色や白が混じっている。軽やかで楽しげなのがここの売りであろう。花たちが奏でる音楽が聞こえてくるようだ。

少し引き返して、花の中で昼食。うすいオレンジ色のアヤメの仲間らしい花も群れていた。黄色の広い花弁の花もあった。Cyanella albaであろう。私たちは花に満たされてロッジに帰った。

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8月27日。天気はまだ保っていて、時々薄日も射す。そこでプロテアを探すことにした。プロテアはクランウィリアム周辺でも咲いているとネット情報で確認していた。

実際、クランウィリアムの町からブッシュマンズクルーフへ行く途中の峠道にかなりのプロテアがあった。ガイドにそこへ行こうというと、渋っている。峠道では車を止めにくいのかもしれない。
保護区の中にもあるといって、プロテアが多いところに連れて行ってくれた。クランウィリアム・シュガーブッシュ(Protea glabra)というプロテアの潅木がいくつかあった。

このプロテアは、横から見るとやはり冴えない。花の盛りの時期は短く、これを過ぎるとみすぼらしくなるから、なおさらだ。

少し探すと、咲いたばかりの花があった。プロテアは正面から見るべきだと、上から眺めると、濃いワイン色の花弁(正確には総ほう片)が鮮やかで、野の花とは思えない見事さであった。私は、さらに綺麗な花を探しては写真を撮った。

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午後になるとますます天気が回復して、日差しが強くなった。そこで午後4時からウォーキングに出かけた。ブッシュを歩きながら下を見るとさまざまな花がある。アヤメのような花もけっこうある。白色であったり、橙色と黄色であったりする。

奇妙な幹状のものが突き上げ、小さな花が一杯ついているのはベンケイソウの仲間だろうか。ラケナリアと総称される花も目に付いた。ヒヤシンスの仲間で、伸びた幹に小さなトックリ状の花が左右に連なってついているのである。

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8月28日。悪天候の予報であったが、雨はまだ降っていない。急いでドライブに出かけた。スプリングボック、ボンテボックという定番の動物が現れた。

「シマウマよ!」

走り続けていると妻が叫んだ。急停車して眺めるとシマウマの脇にワイルドビーストすなわちヌーがいる。

「あれはブラック・ワイルドビーストだ。シッポが白いだろう」

とガイド。通常のワイルドビーストとは別種であり、絶滅が心配される希少種である。思わぬ拾い物である。

少し進むと

「プロテア!」

また妻が叫んだ。昨日のプロテアより大きめだ。

ニューウッドヴィルからの帰りに見たプロテアと似ている。花弁はうっすらと橙色を帯びている。今度は上から覗き込むと花弁の先端は綿毛のようなもので覆われて綺麗だ。

ガイドによれば、ウォーター・シュガーブッシュだそうだ。帰国して調べるとProtea neriifoliaが一番良く似ていた。良い写真が撮れてこれも拾い物である。

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8月29日。9時にロッジを出発した。途中、クランウィリアム・フラワーショーに立ち寄ってもらった。花の季節にはあちこちの町でフラワーショーが催される。

その中でもクランウィリアムのものは有名である。今日は初日に当たるのだ。会場は町の中心にある教会で、その中に巨大な花の植え込み、あるいはアレンジメントが作られる。

たくさんのワイルドフラワーが集められているが、最も見事なのはキングプロテアの大きな花と、クウィーンプロテアと思われる赤い綺麗な花である。

ここのキングプロテアの花弁は赤色に近く、このように見事なキングプロテアにはこれまでお目にかかっていない。クウィーンプロテアもここで初めて見た。これらはどこに生えているのだろうか。あるいはどこから入手したのだろうか。

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ワイルドフラワーショーを一通り楽しんでから、急いでケープタウンに向けて車を進めてもらった。最後にケープタウンのカーステンボッシュ植物園を訪ねようと思ったのだ。

ケープグレイスにチェックインしてすぐに、ホテルの車を呼んでもらってカーステンボッシュに行った。これはホテルのサービスで無料。帰りはタクシー利用である。

この植物園はテーブルマウンテンの麓に作られた広大なもので、南アフリカ特産の植物があたかも自生しているような状態で植えられている。お目当てはキングプロテアである。切花としては何度も見ているが、地面から生えているのはまだである。

案内図に従ってプロテアの方向に歩いた。花盛りのピンクッションが見えてきた。ピンクッションはプロテアの親戚で、広義のプロテアに属する。花期が長いので鑑賞に適するのか、何株ものピンクッションが植えられていた。橙色のもの、黄色のもの、花が赤いリボンをつけたようなものと多様である。

そして、キングプロテアの方向を示す看板が現れた。キングプロテアは南アフリカの国花であり、やはり多くの人が見たがるのであろう。幸いなことに、開花したばかりのキングプロテアの花があった。  ヒマワリほどの大きさである。花弁の色はピンクであった。開花途上の花もあった。花弁は、色が薄いものの、すがすがしい美しさで、乙女の風情があった。

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すこし先にはプロテア・レペンス(Protea repens)も植わっていた。このプロテアは前回の南アフリカの旅でハマナスに行ったときに出会っている。赤い花弁が美しいこの花は何度見てもよい。

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こうして南アフリカ、花の旅は完結した。デイジーのカーペットは、やはりオーストラリアでの経験を凌ぐものであった。花の多様性という点では南アフリカもオーストラリアも共に素晴らしい。

そして、花を中心の旅をすることによって、過去の経験も統合されて、ワイルドフラワーの全体像のようなものが頭の中に浮かんできたのである。満足した心を抱いて、長い帰国の途についた。

この旅行記は4Travelにも発表しました。写真の数を多くし、文を短くしています。