南アフリカ、マラマラ保護区: 夢の5日間


はじめてのサファリ

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ついに、アフリカに行けることになった。長い間、憧れていた所である。しかし、情報を集め、そして状況が許すのを待っているうちに、東アフリカの情勢が悪化した。ケニアでは暴動まで勃発したのである。

あわてて南アフリカに目的地を変更した。ターゲットはクルーガ-国立公園の近くの私営動物保護区である。

国立公園との間に柵はなく、動物は自由に動き回っている。そして、私営であるために、規制が緩くサービスが良いのである。中でもマラマラ(Mala Mala)保護区などは定評がある。

そこでは、ビッグ・ファイブ、すなわちライオン、ゾウ、サイ、ヒョウ、バッファローのすべてを、高い確率で見ることができるという。ケニアでヒョウを見ることは容易でない。

目的地を変更することがプラスに働くかもしれない。ついでに、ビクトリア滝、チョベ国立公園、喜望峰も訪ねてしまおうと思った。

アフリカ旅行の準備は大変である。まず、せっせと予防注射に通った。マラリアの予防薬の入手、ツェツェバエを避けるための地味な長袖シャツと忘れてはならないことが多い。

ツェツェバエは眠り病を媒介するのだが、訪れるザンベジ川流域では活躍している可能性がある。いっぽう、妻はビデオ・カメラを買い込んだ。

1998年8月7日。期待に胸を躍らせ、少しばかりの不安を抱えて、南アフリカ航空に乗った。中継地のヨハネスブルグは治安が最悪であるというので、郊外の高級ホテルに宿をとり、送迎車を依頼した。

8月9日。お陰で無事に、クルーガ-国立公園のあるスククーザ行きの飛行機に乗り込むことができた。

スククーザの空港には、様々なロッジの車が迎えに来ている。ひときわ、がっしりして立派なのが、私たちのマラマラの車である。10数人の興奮した客を乗せて出発。

空港を出たとたんに、小型のシカのようなケダモノに会あった。スティーンボックとのことだ。

つづいて褐色の胴体で黒々とした角が立派な、中型のレイヨウが数匹。インパラだ。インパラが意外に大きいのにビックリした。インパラはそれからもしばしば現れた。優雅にジャンプしている姿もある。

少し行くと林の中にキリンがいた。木が邪魔して、全体像が分からないが、キリンであることは確かだ。

次は数頭のシマウマ。乗客たちは歓声を上げた。縞が鮮やかで距離も10数メートルなのだ。再び、一同が騒然とした。

ゾウたちがやってきたからである。大きいゾウは少し離れてこちらを見ていた。しかし、耳をバタバタあおり、オチンチンをブラブラさせた少年ゾウは車のすぐ近くを通った。

ほぼ1時間走って、マラマラのメイン・キャンプに着いた。セントラルロッジには広いテラスがあって、サンド川へ続く斜面を見下ろしている。昼食はこの気持ちの良いテラスで摂ることになる。

よく見ると、サンド川の向こう岸に数頭のキリンがいる。私は双眼鏡を取り出して、川岸の木の葉を食べているキリンを眺めた。天気がよく、平和そのものの風景だ。

ブーゲンビリアが咲き乱れる道を通って、宿泊ロッジに案内された。ロッジの前はウォーター・ホールすなわち水場になっている。
「ケダモノが来るよ」
とのことだ。

室内は広く、エアコンも効いている。洗面台やバスルームが2つついていて、朝の準備が素早くできるようになっているなど、至れり尽せりだ。

ゲーム・ドライブまでにはたっぷり時間がある。私たちはウォーター・ホールとその後ろのサバンナを眺めて過ごすことにした。

まず、ヒヒの群がやってきた。続いて、クドゥ-のメスが来た。茶色の胴に白い帯のあるレイヨウである。おや、あの茶色の奴はイボイノシシではないか。

お! 遠くをシママングースの群が走っている。たしかに、結構、退屈しない。

3時過ぎ、私たちは身支度してセントラルロッジに向かった。お茶の時間である。
「やあ!」
私たちを担当するレンジャーであるリオンが機嫌よく迎えてくれた。リオンはヒゲもじゃで、ややはげた大男。どこか作家のニコルに似ている。

運転し、説明するのはリオンだが、ケダモノを見つける役のトレッカーは現地人のジャン。細身の物静かな男である。

相客は米国の大学に勤めるグレック夫婦である。私たちと同じ日に到着し、共に5泊の予定なので、一緒の車にしたのだそうだ。

一台の車に乗る客は6人であり、4人だけとは特別である。そして、次第に分かってくることだが、リオンとジャンはマラマラの中でも優れた人たちであった。

通常の客は3泊なので、5泊の客は大切にされたのであろう。コーヒーを飲みながらリオンと話した。

「イボイノシシを見られて嬉しかった。目標のケダモノの1つだ」
といったら、リオンは不思議そうな顔をした。

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4時ジャスト、私たちが乗った大型のランドローバーは動き出した。

屋根も、サイドの壁もないから、動物を見るには最適だ。おまけに、3段の高低差がついた座席があり、好きな所に陣取ってゆったりできる。

すぐに、スティーンボック、クドゥ-、そしてクドゥ-よりやや小さいニヤラが見えた。キリンが葉っぱを食べ、川岸に下りるとゾウが葦のたぐいを食べていた。

川を越えてひた走ると、親子のゾウに出会った。母親はバオーと叫んで怒っていた。

潅木が立ち並ぶサバンナの高原を走りながら
「よし、今日はチーターを探そう」
とリオン。チーターは見たい動物であったが、数が少ないので、簡単ではないと思っていた。

「このあたりにチーターが居るはずだ」
リオンはいうが、チ-ターは見えない。

「うん、あれはサルのシッポか」
どうも特徴的なシッポを目印にして探しているらしい。

そのうちに、他の車がチーターを見つけたとの連絡が入った。駆けつけると、いた。1台のランドローバーが止まっていて、10メートルほど先に、チーターの親子が見える。私たちの車も並んで見物を始めた。

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子供は母親の7割くらいの大きさである。 2頭は寝そべっていて首だけ上げ、時々、顔をなめあってじゃれている。そのうち、子供が座るポーズになった。

これは良いと私はたくさんの写真を撮った。しばらくして、2頭とも立ち上がって歩き始めた。子供は木に登ったりして寄り道している。

突然、親子はブッシュの中をはねるように進み、そして、小さな盛り土のような所に立ち止まり座り込んだ。追跡した私たちは再びチーターを目の前に見ることができた。

母親は時々、キッと首を回して、周囲を見回していた。夕方が迫ってきたので、ライオンやハイエナを警戒しているのだそうだ。

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西の空が赤くなってきた。夕暮のドライブである。左手10メートルくらいのところにキリンが現れた。夕日を浴びて穏やかな足並みで走っている。見たかったシーンで、夢の中から現実になったようだ。

そこに車を止めて、キリン、シマウマ、ヌーを眺めながら、日没を愛でてシェリーを飲んだ。良い一日だったと思った。

もうあたりは薄暗い。ランドローバーは四輪駆動車用の細道をトコトコと走っていった。すると、前方に何かがいて、その目が輝いている。近くに、1台のランドローバーが止まっている。

ライオンだ!よく見ると、その先にもライオンがいる。ライオンたちは10頭ほどで、細道を行進しているのだ。

「前の3頭は大人だ。しかし、後の連中は、身体は大きいがまだ子供なのだ。狩りの時は、とんでもないタイミングで飛び出したりして役に立たん」
とリオン。

行進を後ろからつけていくと、ライオンの後ろ姿を見ることになる。腰までの高さは1メートル余りで、意外に小さいという印象を持つ。前方のライオンたちはひたむきに歩いている。

後に続く子供たちはそうでもない。歩くのを止めて伏せていて、やってくる仲間に飛び掛るのがいる。遠足に行く子供たちといった様子である。

リオンは道の脇のブッシュに車を乗り入れた。そして、四駆の威力を発揮して潅木をなぎ倒しながら、ライオンたちと平行に進み、大人のメスライオンの横に出た。

いつのまにか、車はライトをつけ、そしてジャンがサーチライトを手で持って目標を照らし始めた。

横から見るライオンは迫力がある。顎ががっしり張った顔を前方に向け、ひたすら歩く。ごくたまに、うるさそうに私たちを見るが、ほとんど注意を払わない。

ライオンと私たちの距離は数メートル。一飛びで首に食いつける。リオンはライフルを持っているが、突発事態には対応できないだろう。

「奴らは狩りに行く途中だ」
とリオン。手近に適当な獲物がいると考えないのだろうか。
私たちを含めて3台の車がライオンと一緒に行進した。

「マラマラでは、一か所に集まってよい車の数は3台までだ」
リオンが説明してくれた。賢明なルールである。

車は適当に離れているので、御互いに邪魔には感じない。いや、10頭のライオンを1台のオープンカーでつけるとしたら、より恐ろしいだろう。

ランドローバーは道なき道を行くのだから、いつも順調というわけではない。大きな木に行く手を阻まれたり、越える事ができない溝にぶつかったりして、しばしば進路を変える。

ハードな追跡は30分くらい続いた。私は立派なライオンの姿をひたすら眺めていた。

妻はビデオの威力を発揮して撮影に夢中だ。狩りが行われるかとかすかに期待したが、獲物のインパラに出くわすことはなかった。ついにリオンもあきらめた。

「奴らの目的地は遠いようだ、マラマラの境界を過ぎてしまう。引き返そう」

ロッジまでは30分以上かかった。真っ暗な道を飛ばしていくのであるが、退屈することはなかった。ジャンがライトを高く掲げ、左右に動かして、動物を探してくれるからだ。

巨大なゾウの黒い姿に圧倒されたと思ったら、次は黒と白のまだらのタヌキに似た動物が道の脇に現れた。ジャコウネコの一種、シベットである。

極め付きはヒョウであった。やはり道の脇、ライトがかがんだヒョウの姿を捕らえた。ヒョウはしばらく明るさに戸惑っていたが、やがてサッとブッシュに飛び込んだ。

リオンは
「ヒョウがいた」
と無線で報せながらランドローバーをブッシュに乗り入れた。

当然ヒョウは逃げたろうと思っていたが、10メートルも進むと、いた。
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なんだ、ついてきたのか、しょうがないなーというような迷惑そうな顔をしていたが、特におびえずゆっくり歩いてやがて立ち止まった。私たちは数メートルの距離からヒョウを見ることができた。

美しい斑点、長くてなやかに動いている尾。動物園だってこんなにはっきり見えやしない。数分後、私たちはその場を後にした。ブッシュの入口で駆けつけてきた2台のランドローバーとすれ違った。

第一日の夜からヒョウに会うとは、ただ事ではない。ビッグ・ファイブの中で見ることが最も難しいのはヒョウである。夜行性で、用心深いからだ。

「マラマラのヒョウは有名だけれど、それにしてもビックリしたぜ。そうだ、ナショナル・ジオグラフィック・マガジンにマラマラのヒョウの写真が載っていたな」

私はリオンに話し掛けた。

「夜中にロッジのプールで水を飲んでいるヒョウや、ブッシュで寛いでいるヒョウだよ」
「そうかい、あれを見たかい。あの写真家を案内したのは俺だよ」

夕食は星空を見上げて摂ることになる。ディナー会場は細い竹のようなもので囲われ、真ん中に大きな焚き火、その周りにテーブルが配置されている。

ビュッフェ方式だが、ほど良い焼き具合のローストビーフを始め、料理の水準は高い。ワインも良い味である。食事が終わると、リオンが私たちをロッジまで送ってくれた。

「こうするのが義務でね。」

たしかに、ハイエナにでも、いやひょっとするとライオンにだって出くわしかねない。ゾウ、ライオン、ヒョウ、チーター、キリン、シマウマ、イボイノシシ。今日の午後からだけで実にたくさんの動物を見た。マラマラの素晴らしさは想像を超えていた。

ビッグ・ファイブ

8月10日。朝食後、7時30分にモーニング・ドライブに出発。明るい、穏やかな朝だ。すぐにキリン10頭の群にぶつかった。キリンたちは木の葉の朝食に忙しい。

しばらく見物してから、そっとかき分けて進んだ。サンド川に降り、反対側に渡るとバッファローに出遭った。

20頭ほどが土手を上がろうとしている。そして、遅れた数頭が後ろから駆けてきた。角を振り廻したバッファローが車の脇を走り抜けた時は緊張した。

「これは群の最後尾だ」
リオンは車を走らせて先回りをした。いるいる。なんと数百頭の群である。

バッファローたちは草を食べながら、悠然と私たちの車の両横を通り過ぎていった。まだ茶色っぽい子供が母親の乳房を求めている。モーという声が聞こえるところは、やはりウシの仲間である。
バッファローと別れて草原を行くと、まずジャッカルがいた。続いてシッポを立てたイボイノシシ。ごく小さいコビトマングースの次には、巨大なゾウ3頭である。

落葉した木々から新芽が出始めている。季節が急速に春に向かっているのだ。

無線でセーブル・アンテロープが出ているとの情報が入った。セーブル・アンテロープは大型のすらりとしたレイヨウで、弧を描いた立派な角を持っている。ライオンと戦うという勇猛な気性でも知られている。

「ここから30分かかるが、行こう」
とリオン。それからは、インパラ、ニヤラ、ウォーター・バックといったレイヨウ、さらにゾウ、シマウマには目もくれずに走った。

いくら行ってもセーブル・アンテロープが見えず、「見失ったかな」とリオンがぼやき始めた時、とうとう目的の群に会った。

オスは黒い身体で、顔には白い筋がある。ゆっくりと歩くオスの姿は気品に満ちていた。

次は、ウォ-キング・サファリだ。見通しの良い草地の道を歩くのである。キリン、シマウマ、インパラ、ウォーター・バックと出会ったが、車の時とは違って警戒された。

ケダモノたちは、じっとこちらを見ていて、一定の距離に近づくと、すわと逃げ出すのである。

こちらも狩りをしているような気分になる。ケダモノにすれば、ランドローバーは見慣れていても、歩いている人間は珍しいのであろう。おまけに先頭の大男はライフルを持っているのだ。

帰り道にまたキリン8頭とぶつかった。舌を巧みに使った食事の摂り方にあらためて感心した。サンド川の向こう岸では2頭のキリンが振り廻した首をぶつけあって争っていた。

午後のドライブを始めると、すぐにチーターがいるとの連絡が入った。あちこち探し回ってやっと3頭のチーターを見つけた。親離れしたばかりの3人組だそうだ。狩りが下手なのか痩せている。

しばらくすると、3頭は別れてそっと歩き去った。狩が始まるのだろうか。

少し待ったが何事も起こらないので、近くのゾウを見ていた。突然、たくさんのインパラが全速力で駆けてきた。続いて、チーターがこれも全速力でやってきた。

早めに気づかれて狩りは失敗したらしいが、チーターの疾走はさすがに迫力がある。

サンド川には10頭ほどのゾウの群がいた。遠くには川岸の岩に座り込んだヒョウの姿がある。川を渡ると再びバッファローの群だ。まさに角突き合わせて争っているオスたちもいた。

次は子連れのキリン。そして、寝そべっている一頭のメスライオンがいた。あちこち見回して、ウォーと吼えている。

「若い3頭の群の一員だ」
とリオンがいう。はぐれたに違いない。エサを取っていないのかおなかがへこんでいる。

ナイトドライブになって、オス、メス2頭のライオンに会った。向こうからは2頭のオスライオンが近づいてきた。
「おかしいな、同じ群ではないのだが」

とリオン。たしかにオスライオンたちは毛を膨らませて身体を大きく見せて近寄ってきた。しかし、臭いを嗅ぎあった後、4頭は混じりあってなめあい、そしてまた別れた。近所付き合いというところであろうか。

「オス、メスの2頭はさっきのはぐれの仲間だよ。これは再会シーンを見られるかもしれん」

引き返していくと、はぐれライオンがトボトボとやってきた。時々、立ち止まってうなだれている。空腹のはずであるが、近くにインパラがいても見向きもしない。

そのうちに、座り込んで、しかも仲間のいる方向とは反対を向いてしまった。

何ということか、ライオンを手助けしたくなった。すると、向こうにいた車から連絡が入った。
「ライオンたちが向かったぞ!」

しばらく待っていると、2頭がやってきた。30メートルくらいの距離になって、こちらのライオンは首を上げ、そちらを見て、サッと立ち上がった。

向こうのライオンは小走りにやってくる。あっという間に3頭は一緒になり、御互いに首をこすりつけている。よかったな、心配したぜ、といった様子である。

それから3頭ははねるように走って闇に消えた。迷子ライオンの心細い歩き方とは大違いである。

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8月11日。朝7時に出発した。朝食をブッシュで摂る計画である。ライオン、ゾウの次はカップルのキリンと出会った。オスはメスの背後に回って交尾の準備のようだ。

メスは気を許しているが、オスはどうも私たちの車が気になるのかモジモジしている。邪魔を止めて進むとヒョウが遠くにいた。そこへ無線が入った。

「ライオンがバッファローを倒したそうだ。もう、食べ終わって寝ているかもしれんが、どうするかい」
「行こう!」
私は叫んだ。
「朝飯を食ってからにするかい」
「いや、すぐ行こう」

30分、ひた走りに進むと、2台の車が止まっている。近くに大きなオスライオン1頭、メスライオン2頭が寝転がって、満腹の腹をゆらせている。

そして、ネコのようにかわいらしい子ライオンが2匹、チョコチョコとあたりを歩いている。オスライオンの頬には真新しい切り傷がある。

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「バッファローを倒す時はオスの力が必要だ。その時の傷だよ」
とリオン。
このライオン一家から10数メートル離れて、バッファローが横たわっていた。肉は大部分なくなっていたが、骨格はしっかり残り、あばら骨のあたりには肉もある。大きなメスライオン3頭がとりついて食事中である。

1頭は肉がついた所にかじりついているが、後の2頭は鼻をかじったり、皮を引っ張ったり、骨に食いついたりと忙しい。もう1頭のメスライオンがやってきて足を取り外そうとしている。

ゴリ、ゴリ、バリ! ライオンが骨をかじる音がひっきりなしに聞こえてくる。

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いかにもアフリカらしいと、私はたくさんの写真を撮った。妻のビデオも大活躍である。
「しまった、カメラを忘れた」

リオンが叫んでビデオだけを取り出したから、予想外に良いシーンだったに違いない。ライオンの饗宴は長く続いた。

そのうちに、最後にきたメスは何か無作法なことをしたのか、牙を剥いた他のメスたちに追い出されてしまった。

さあ、我々も朝食だ。ライオンたちを後にして、見晴らしの良い草原に出た。10数頭のヌー、2頭のシマウマ、そしてその向こうのイボイノシシ。典型的なアフリカの景色の中で、コーヒー、マフィン、リンゴと爽快な朝食である。

ロッジの近くまで帰ったところで、巨大なオスゾウに出くわした。キバが大きく突き出していて、50才を超えているという。

「やつは、さかりがついている。気をつけよう」

とリオン。ゾウは鼻で木を引っ張りさらにキバも使って木を解体し、ムシャムシャと枝や葉を食べていた。木を壊すことでエネルギーを発散しているようだった。

午後のドライブではまず、ニヤラのオスに会った。立派にカーブした角、つぶらな瞳。これも高貴なレイヨウである。

つづいて、朝の巨大ゾウ。見ていると、サンド川沿いの丈の高い草に分け入っていき、すっかり気配を消してしまった。さらにライオンたち。

そして、シロサイを見つけた。これでビッグ・ファイブを見たことになる。しばらくしてサイはトコトコと歩いていって、大きな糞をした。そこは糞溜りになっているのだ。

車を走らせていると、ジャンの口笛。何かを見つけた合図である。なんと、しゃがみこんで草に隠れていたシロサイの親子である。車が止まっても、私には分からなかった。ジャンの視力はすごい。

やがて、サイたちは立ち上がって、あわてた様子でドタドタと歩いてから、尻を付け合って右と左を向いた。防御の態勢だそうだ。私たちを警戒しているのだろう。撮影には絶好のポーズである。

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草原には私たちの車しかいない。もったいないようである。リオンは無線で他の車を呼んだ。なかなかやって来ないので、草原への入り口に折った木の枝を目印に置いて去ろうとすると、1台が駆けつけてきた。

「ありがとう。」
「なーに、イボイノシシだよ、君」

さらに行くと、再びジャンの口笛。草むらにセンザンコウが隠れていたのである。松かさのような、うろこ状の皮膚を持つセンザンコウは夜行性でめったに見られない珍獣である。

私たちは車を降りて、ジッとしているセンザンコウをゆっくり観察した。

ナイトドライブになると、懐中電灯を持った人が歩いているのかと思ったほどの明るい光がやってきた。3頭のライオンの目であった。さっそく、後をつけたが、今日のライオンの顔は特に怖い。

時々頭を上げて臭いを嗅いでいる。何を狙っているのだろうか。

やはり狩りとはならず、諦めて帰る道で、ブッシュ・ベイビーを間近に見ることができた。ブッシュ・ベイビーは丸い顔と、とても大きな目を持った原猿である。いかにも、熱帯の闇の生き物といった様子だ。

8月12日。朝のドライブではまた、たくさんのレイヨウと出会った。クドゥ-のオスも近くで見れば、立派な角、引き締まった顔と存在感がある。次は、年老いたオスばかりの、3頭の巨大なバッファロー。

「こういう、はぐれた奴が危ないんだ」
とリオン。ビッグ・ファイブの中で最も怖いのは、実はバッファローだとの話を聞いたことがある。カメラのシャッター音、エンジンのかかる音に一々反応して、首を振り、鼻をならすので恐ろしい。

リオンがライオンの足跡を見つけ、追跡していくと、大きなキリンの死体があるところに出た。病死したキリンだとのことで、食われていない。

近くに2頭のオスライオンがいた。もう馴染みになった若手2人組である。臭気がひどく、長居したくない気分で、そうそうにこの場を離れた。

しばらく走ると、堂々たるオスライオンに出会った。この一帯でのボスだそうだ。ボスライオンはキリンの死体の方向へ向かっている。これは、若手ライオンと争いが起こるかなと後をつけた。

しばらく行って、ボスは方向を変えた。臭いが気に入らなかったのであろう。

サンド川が淀んで出来たヒッポプールに向かった。10頭くらいのカバが遠くにいて、時々、ブウォーと叫んでいた。岸にはクロコダイルが3匹。

車に戻り、一寸、寄って見よう、と昨日見たバッファローの死体のところを通った。しかし、骨の一かけらも残っていなかった。サバンナでは時が速く過ぎる。

朝食は岩山の上で摂った。眼下に早春の木々と緑のサボテン。ここがアフリカであることが信じられない、のんびりとした景色である。

午後のドライブでは、バッファローを狙う1頭のメスライオンを見た。じっと眺め、忍び寄るかっこうをしたが、結局、あきらめた。そのライオンは、今度はこちらへやってきて、車の脇、数メートルに近づいた。

1頭でバッファローを襲おうなどという無謀なことを考えるライオンなので、急に人間に飛びかかろうとするかもしれない。そう思うと、無気味であった。

ナイトドライブになって、またこのライオンと会った。ライオンは激しく咆哮した。ライオンの吼え声は腹に響く。ライオンはロッジへ続く道を進んでいった。風変わりなライオンが敷地内をうろついたら迷惑であろう。

ドライブを続けると、ヒョウがいた。山道を歩きながら、時々下の方を見て、獲物を探している。そのうちに下のブッシュに降りていった。

よし、先回りしよう。リオンはその先のサンド川の川岸に車を止め、ライトを消した。リオンの読みはピタリと当たった。ピンと張った優美な斑点が私たちの脇を流れるように通り過ぎていった。

8月13日。 朝のドライブでは、穴掘りをしているイボイノシシ、10数頭のヌーの群、10頭ばかりのゾウの群れと眺めて、朝食。ヒョウがバッファローの群を見つめているとのニュースが入り、そちらへ向かった。

途中で、ゾウの群が丘から降りてくるのに出会った。子ゾウたちは遅れないように必死に駆け下りている。

喜んで撮影していると、リオンが
「や、最後尾は片キバだ。とても気性が悪い奴だ。気をつけよう」
といった。片キバはこちらの車を見た。

「いかん」
リオンはエンジンをかけて車をスタートさせた。

にわかに、片キバは鼻を持ち上げると、スタスタとこちらへ走り始めた。そして、バウォーと叫んだ。リオンは車のスピードを上げた。

それでも、ゾウは車の後ろ、数メートルに迫ってきた。私は映画のシーンを見るような気分だった。でも、これは現実のことだ、かなりヤバイのではないか。

ゾウを従えて、ランドローバーはしばらくトコトコ走った。やっと、ゾウは走るのを止めて、こちらをにらんでいる。

「まだ、脅しの段階だから大丈夫だ」
とリオン。止まったから脅しで、止まらなければ本気ということになったのではないか、と思わせる迫力であった。

ジャンが
「向こうにライオンかヒョウがいる」
という。他の人には分からない。リオンも
「岩じゃないか」

しかし、車を進めると、道にライオン2頭が飛び出してきた。「それ!」とライオンの後をつけた。広い草原をライオンが横切っていく。

キリンはあわてて走って遠ざかり、じっと様子を見ている。インパラは全速力で逃げ去る。

しかし、ライオンは周囲には無関心に歩き続けた。草原を外れて少し下っていくと、穴があり、ライオンはそこに飛び込んだ。水が溜まって、天然のウォーター・ホールになっているのだ。

ライオンはうまそうに水を飲んで、それから寝転がってしまった。

ヒョウはバッファローを襲うことをあきらめたが、まだ逃げていないとの情報である。駆けつけると、常緑の高木の張り出した枝に、ヒョウがまたがっている。

丸々と良く太った若いオスだ。もう母親より大きいそうだ。親離れしたばかりで、何を獲物とするか分かっていないのであろう。

昨日のライオンもそうであったのかもしれない。木に登っているヒョウは様になると写真を撮ろうとしたが、眠り込んでいるのが残念であった。

しばらくすると、目を覚ましてくれた。キッとこちらを見ているのは迫力がある。

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前からいた車は去ってしまい、広いサバンナに車は一台だけ、目の前の木にはヒョウ、こんな贅沢があって良いものか。私はたくさんの写真をものにした。

その内に、もう十分だろう、とヒョウはまた眠り込んだ。

セーブル・スウィートという別棟で昼食となった。サンド川とウォーター・ホールを共に見渡す眺めの良いテラスがついている。室内のインテリアも一クラス上である。

グル-プの宿泊と賓客の食事のための設備らしい。5泊の客たちが摂る最後の昼食なので、大サービスしてくれたのだ。サッチャー首相も客のリストにあったが、やはりここで食事したのであろう。

いつもどおり、4時にドライブに出発。ゾウやキリンはもうおなじみであり、しばらくは大したことは起きない。にわかに、ジャンの口笛。10数頭のセーブル・アンテロープが山から下ってくる。

リオンは車を進め、このあたりだと停止した。またもリオンの読みは当たり、セーブル・アンテロープは車のすぐ脇を通っていった。

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熱中する私たちを見ながら、
「俺にはクドゥ-のオスが良いけどな」

とリオンがつぶやいた。数が多いクドゥ-が珍重されないのは不満らしい。リオンが連絡したので、おっとりがたなで、他の車が駆けつけてきた。

「ありがとう」
「なーに、シマウマだよ、君」

セーブル・アンテロープと別れて走っていくとまた、ジャンの口笛。2頭のライオンがいた。近くにニャラの角と胃袋が転がり、ライオンはじっとしていた。

車を進めると、ゾウの大群である。30頭ばかりのうち、半分は子ゾウで、随分と成功した群のようだ。サンド川へ水を飲みに行くのであろう。私たちは、20メートルくらいの距離をとり、そっと観察した。

日が沈みナイトドライブになると、昼間に見たライオンたちが動き出していた。首を前に突き出し、身をかがめ、時々臭いを嗅いでいる。そして、流れるように進んでいく。

私たちの車も四駆の威力を発揮してブッシュの中を追跡した。しかし、インパラやクドゥ-はいても狩りにならなかった。微妙なタイミングがずれたのであろう。

8月14日。最終日のモーニング・ドライブ。リオンがヒョウの足跡を見つけた。辿っていくと、岩山の麓にヒョウがいた。1台の車が既に到着している。

しばらくしてヒョウは歩き出し、追跡となった。リオンは先回りした。

リオンの感は冴えていて、ヒョウは車の前、数メートルを悠然と通っていった。美しい斑点、しなやかな動き。ヒョウは最も見事な動物の1つだ。

ヒョウといる時間を止めたいと思っても止まらない。シャッターを押し続けても、目を見開いて眺めていても。

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つづいて、ヒョウは私たちの前の岩山を登っていった。あの頂上は朝食を摂った所である。もう1台の車は去っていったが、リオンは岩山の下を回って、反対側に出た。

再び彼の読みは当たった。ヒョウは動き出し、車の脇1-2メートルのところを通った。急にヒョウの気が変わったらと、恐ろしくなり、身を引いたくらいである。ヒョウはゆっくりと去っていった。

「もう一度キリンの死体の所に行こう」とリオン。気が進まなかったが、特に反対もできない。着いてみて驚いた。死体の上に巨大なハイエナがよじ登って、地獄の帝王よろしく、あたりをにらみ回していた。

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周囲には20羽くらいのハゲワシが群がって食事中である。そのうちに、ハイエナはキリンの腹部に潜り込み、ゴシゴシと解体作業を始めた。適当に腐って、食料に適してきたのだろうか。

ヒッポプールに行き、朝食。今度はカバが近くに見えた。距離は20メートルくらいだろうか。相変わらず、目と鼻だけ出して、時々、バオーといっている奴が多い。しかし、一番大きいカバは背中を出していて、巨大さが良く分かった。

ロッジに引き上げると、リオンが「一寸、待ってくれ」と事務所から荘重な書類を持ってきた。ビッグ・ファイブを見たとの証明書だ。

「これが決まりでね」

リオンは照れていた。それはそうだろう、ヒョウを毎日見せるようなリオンにとっては、ビッグ・ファイブは当たり前なのであろう。

ガイドブックによれば、マラマラは客がビッグ・ファイブを見られるように最大限努力するという。しかし、私には、マラマラへ来るまではこれが逆に心配の種であった。

ビッグ・ファイブ以外の動物はゆっくり見られないのではないか。それヒョウだ、今度はサイだと走り回るのではないか。無線で連絡しあうのは良いが、サイがそっちへ行ったぞ、オーケイ、これから向かう、と騒々しいのでないか。と、疑っていた。

実際はまるで違った。無線の連絡も、小声で話し、受信はヘッドホンを使うので、まったく気にならなかったのである。ブッシュの中の高級リゾート、このコンセプトが細部にまで貫かれていた。

オフィスの前で、握手してリオンと別れた。

「また来いよ、今度はライオンが獲物を捕る所を見られると良いな」
贅沢な望みであるが、再訪したくなったのは確かである。

一度ヨハネスブルグに帰り、予定通りビクトリア滝、チョベ、喜望峰を回った。バスが遅れて飛行機に飛び乗ったり、しつこい下痢を抱えたりとアフリカ旅行らしいドタバタはあったが、アフリカの自然は何時も素晴らしかった。